明和期 四文銭類
明和期四文銭類

明和5年(1768年)、江戸深
川千田新田で鋳造開始。
四文銭は、銀座の放漫経営
によって滞納された幕府への
上納銀返済のため、幕府の
許可を得て鋳造発行に至る。
四文銭は大型で、背に青海
波の文様が鋳出されている。
             →
→        銀座兼帯
の銭座で鋳造された
明和期四文銭類は、亜鉛
を配合した真鍮銭で、当初
波は21波であったが、不
良品が多いため11波に
変更された。 黄系(母銭
の大部分は白系)の色調
で、やや黒ずんだものも
あり、わずかながら磁性
が認められる。
明和期四文銭類

長尾寛(21波)

次掲の短尾寛ににくらべて
面背ともに深彫りである。
「寛」の後足の跳ねが長く、
「通」のチャクの折頭が左に長
く突出している。
鋳詰まりやすい点を改善す
べく、浅彫りの短尾寛に変
更したものと考えられる。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

515番15000円
明和期四文銭類

短尾寛(21波)

前掲の長尾寛にくらべて
面背ともに浅彫りである。
「寛」の後足の跳ねが短い。
また、「通」のチャクの折頭
が長尾寛ほど突出してい
ない。

明和5年(1768年)

ハドソン新寛永通宝図会

516番300円
明和期四文銭類

明和正字(11波)  母銭

当類(11波)の中で分類上の
基本としている銭種。後掲の
明和大字(未入手)や明和
小字に類似するが、それらに
くらべて「通」が昂がり、マ頭
の横引きが郭の上辺の延長
線付近に位置する。また、
「永」のフ撓が短く、フ撓の先
端と内輪との間隔が広い。

明和5年(1768年)

ハドソン新寛永通宝図会

517番30000円
明和期四文銭類

明和正字(11波)通用銭

当類(11波)の中で分類上の
基本としている銭種。後掲の
明和大字(未入手)や明和
小字に類似するが、それらに
くらべて「通」が昂がり、マ頭
の横引きが郭の上辺の延長
線付近に位置する。また、
「永」のフ撓が短く、フ撓の先
端と内輪との間隔が広い。

明和5年(1768年)

ハドソン新寛永通宝図会

517番100円
明和期四文銭類

明和正字 細郭(11波)

明和正字は特に郭幅のばら
つきが著しいので、その中で
比較的幅の細いものを、参考
までに掲載した。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

518番100円
明和期四文銭類

明和小字(11波)

前掲の明和正字や明和大
字(未入手)に類似するが、
「通」のチャクの折頭が左に
突出する長さが短い。また、
「寶」が少し縦に短く、両足
の下端が、郭の下辺の延
長線からやや離れる。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

521番100円
明和期四文銭類

明和俯永(11波) 母銭

当銭と、後掲の明和離用通、
明和大頭通、明和小頭通
(未入手)はともに「永」の頭
やフ頭が少し俯しているが、
当銭は柱も少し俯している。
また、「通」のマ頭の点が少し
長く、点の先端が横引き左
端のほぼ真下に位置する。

四文銭中、存在数は最多。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

522番25000円
明和期四文銭類

明和俯永(11波) 通用銭

当銭と、後掲の明和離用通、
明和大頭通、明和小頭通
(未入手)はともに「永」の頭
やフ頭が少し俯しているが、
当銭は柱も少し俯している。
また、「通」のマ頭の点が少し
長く、点の先端が横引き左
端のほぼ真下に位置する。

四文銭中、存在数は最多。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

522番100円
明和期四文銭類

明和俯永(通上星)

「通」の上に谷に点状の
突起が見られるもの。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

523番300円
明和期四文銭類

明和俯永(通上双星)

「通」の上に谷に点状の
突起が2つ並んで見いる。
ただし、突起は明瞭では
ない。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

524番3000円
明和期四文銭類

明和俯永(寶下星)

「寶」下の谷に点状の
突起が見られるもの。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

525番4000円
明和期四文銭類

明和俯永(長爪寛)

「寛」の爪の傍らに点状の
突起があり、爪が長く見える
もの。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

526番1000円
明和期四文銭類

明和俯永(小頭通)

「通」のマ頭の肩が欠け、
マ頭が小さくなっている
もの。後掲する文政俯永
にも同様のものがあるが。
それは肩が欠け方が一定
しているのに対して、当銭
のほうは必ずしも一定では
ない。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

527番5000円
明和期四文銭類

明和俯永(失点通)

「通」のチャク点が欠落して
いもの。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

528番1000円
明和期四文銭類

明和俯永(干用通)

「通」の用の中柱上部が
欠け、 二引きと中柱とを
合わせると干の字
のように見える。

ハドソン 新寛永通寶図会
明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通宝図会

529番1000円
明和期四文銭類

明和俯永(破用通)

干用通と同様「通」の用の
中柱上部が欠け、また、後柱
下部が鋳切れる。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

530番2000円
明和期四文銭類

明和俯永(背削波)

波の内輪寄りの部分が
欠け、波が内輪に接して
いないもの。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

534番2000円
明和期四文銭類

明和離用通

前掲の明和俯永や、後掲の
明和大頭通、明和小頭通(
未入手)に似るが、「通」の
マ頭の横引きが俯し、チャク
点とマ頭の間隔が狭く、用の
中柱が短い。「寶」の前足が
やや横向きである。なお、当
銭と明和小頭通(未入手)は、
郭に対して「通」かやや上に
偏っている。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

536番4000円
明和期四文銭類

明和大頭通

前掲の明和俯永、明和離
用通や後掲の明和小頭通
(未入手)に似るが、「永」の
フ頭が少し短く、フ撓が少し
縦向きである。また、「通」
のマ頭の横幅が広い。

明和6年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

538番500円
文政期 四文銭類
文政期四文銭類

文政4年(1769年)、江戸浅
草橋場町で鋳造開始とされ
る。明和期同様、真鍮銭と
して発行されたが、当類は
赤茶系のものがほとんどで、
粗雑な造りのもの、穿内の
仕上げも雑なものが多い。
               →
→         母銭は、
明和期四文銭の
母型(彫母、錫母など)を
基に、鋳写しして製作した
らしく、小頭通以外は明和
期に見られる銭種と同一
面文のものが存在する。
文政期四文銭類

文政正字

明和正字と面文の特徴は
同一であるが、色調が赤味
を帯び、少し柔らかい質感。
特に分類はしないが、文政
正字に限っては、面の谷に
複数の突起が見られるもの
が多く存在する。同一箇所
に突起がみられるものも数種
確認でき。中には母銭の
確認できるものもある。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

540番12000円
文政期四文銭類

文政大字

面文や波の特徴は明和
大字(未入手)と同一である。
それは背の右2波、左2波と
内輪との接点が、それぞれ
郭の上辺の延長線より少し
上に位置することである。

色調が赤味を帯び、少し柔ら
かい質感を有する。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

543番15000円
文政期四文銭類

文政小字

銭文の特徴や波形は明和
小字と同一であるが、面背
の輪幅が広く、内径が小さ
い。銭文径も縮小し、波も
全体に縮小する。また、色調
が赤味を帯び、少し柔らかい
質感を有する。内径はおお
むね20.80o前後。明和小
字の母銭に覆輪して原母
銭を製作したものと推定さ
れる。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

545番500円
文政期四文銭類

文政小字(左1直波)

左1波が直線的。背の右
側の内輪がわずかに削輪
され、その分だけ波が少し
長くなっている。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

548番400円
文政期四文銭類

文政小字(左1直波断足寛)

「寛」の前足が鋳切れている
もの。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

549番1500円
文政期四文銭類

文政小字(背削輪)

背の内輪全体が削輪され、
波がやや長い、背削輪の
波形は微妙に異なるもの
が多数存在し、中でも特徴
の顕著なものを抽出して以
下細分類した。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

550番300円
文政期四文銭類

文政小字
(背削輪左3直波ア)

左3直波が直線的に
なるもの。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

551番500円
文政期四文銭類

文政小字(背削輪左1直波ア)

通称「小字背一直波」。
左1直波が直線的に
なるもの。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

553番1000円
文政期四文銭類

文政小字(背削輪左1直波イ)

背削輪左1直波で、右4波が
輪に接していないもの。
「寛」の冠横引きや前足が
鋳切れる特徴を合わせ持つ。
特徴によって細分類名を
付けると
「背削輪左1直波右4削波」。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

554番3000円
文政期四文銭類

文政俯永

面文や波の特徴は明和俯永
と同一であるが、色調が
赤味を帯び、少し柔ら
かい質感を有す。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

555番500円
文政期四文銭類

文政離用通

面文や波の特徴は
明和離用通と同一であ
るが、色調が赤味を帯び、
少し柔らかい質感を有す。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

558番5000円
文政期四文銭類

文政離用通(濶縁)

直径は基本銭と同程度であ
るが、輪幅が広く、内径や
銭文径がともに小さい。
内径は20.30o前後。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

561番35000円
文政期四文銭類

文政大頭通

面文や波の特徴は
明和大頭通と同一であ
るが、色調が赤味を帯び、
少し柔らかい質感を有す。

文政4年(1769年)

ハドソン 新寛永通寶図会

562番20000円
安政期 四文銭類
安政期四文銭類

安政4年(1857年)、江戸深
川海辺新田で鋳造開始とさ
れる。当類は、輪側が銭貨の
面に対してほぼ垂直で角張
り、穿に棒を通して棒を回転
させながら横ヤスリを掛けた
ものか、長い筋状の痕跡を
確認できるものが多い。→
→               
また、穿内は縦に粗めの
ヤスリ掛けの痕跡を確認
できる。
このような仕上げは、
文久永寶四文銭と同じで
ある。

色調はやや白味がかかった
黒茶系のものが多い。
安政期四文銭類

安政小字(左1直波)

安政小字は、銭内全体に
縦ヤスリがかけられ輪側は
面背の平面に対して垂直に
切り立った感じで、角張ると
いうこと以外は文政小字と同
じである。本銭は波形が
文政小字(左1直波)と同様
である。

安政4年(1857年)

ハドソン 新寛永通寶図会

568番20000円
安政期四文銭類

安政小字(背削輪)

波形が文政小字(背削輪)
とほぼ同じであるもの。

安政4年(1857年)

ハドソン 新寛永通寶図会

569番500円
安政期四文銭類

安政小字(背削輪無爪永ア)

背削輪の中で、「永」の
ノ爪が欠けているもの。

安政4年(1857年)

ハドソン 新寛永通寶図会

572番500円
万延期 四文銭類
万延期四文銭類

万延元年(1860年)、江戸深
川海辺新田で鋳造開始。
通用銭は鉄銭。精鉄銭とい
う名目で 銀座兼帯の銭座で
鋳造された。精鉄銭とある
が、おそらく良質の鉄を使用
しているという点を強調して、
流通促進を図ったのであ
ろう。            →
 →         以後に
全国のいくつかの藩に
おいて鉄四文銭が
鋳造されているが、それら
にくらべ平均して佳良な
製作で、輪側や面背に
丁なヤスリ仕上げが施
されているものが多い。
万延期四文銭類

万延俯永(鉄銭)

面文や波形は明和俯永、
文政俯永、安政俯永と同一
であるが、輪幅やや広く、
内径、銭文径が若干小さい
ので、他期の俯永母銭をも
とに、覆輪して原母銭を製作
したものと思われる。

万延元年(1860年)

ハドソン 新寛永通寶図会

579番500円
万延期四文銭類

万延小字(鉄銭)

文政小字(背削輪)または
安政小字(背削輪)と特徴
が同一で、材質が異なる
のみ。

万延元年(1860年)

ハドソン 新寛永通寶図会

580番6000円
万延期四文銭類

万延小字(無爪永)

安政小字(背削輪無爪永)
と同様、「永」のノ爪が欠けて
いるもの。

万延元年(1860年)

ハドソン 新寛永通寶図会

581番3000円
仙台藩 四文銭類
仙台藩四文銭類

慶応2年(1866年)

慶応2年(1866年)、陸奥
国牡鹿郡石巻で鋳造
開始。通用銭は鉄銭であ
る。銀座兼帯の鋳造銭種
である俯永を基に、覆輪を
施し、背に「千」の字を嵌入
し、細部を修正したものが
原型と考えられる。このうち
削頭千系は面背の谷に
特徴があり、先の尖ったも
ので突いたような小さな円
形の凹みが一面に確認
できる。         →
 →     このような谷の
特徴を俗に「魚子(ななこ)
地」と称している。

凹む位置が一定している
ので、意図的に谷を凹ま
せた可能性が高いと考え
られるが、加工の目的は
不明。

通用銭ではその特徴もわ
かりにくいが母銭では明
瞭である。
仙台藩四文銭類(鉄銭)

爪千(鉄銭)

「千」の頭の右側が上に突出
して(部分を爪という)、頭が
全体に反っている。次掲の
削頭千にくらべ、「永」の柱
の跳ねが短い。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

585番15000円
仙台藩四文銭類(鉄銭)

削頭千 母銭

「千」の頭が上に突出せず、
頭は全体に直線的である。
削頭千の名称は爪の部分
が削られたという意味であ
るが、面文や背の波形に
微差があることから、実際
には爪千を加工したもので
はなく、それぞれ俯永をを
覆輪したものを原型として
独立した母銭から鋳造さ
れたものと思われる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

586番 25000円
仙台藩四文銭類(鉄銭)

削頭千(鉄銭)

「千」の頭が上に突出せず、
頭は全体に直線的である。
削頭千の名称は爪の部分
が削られたという意味であ
るが、面文や背の波形に
微差があることから、実際
には爪千を加工したもので
はなく、それぞれ俯永をを
覆輪したものを原型として
独立した母銭から鋳造さ
れたものと思われる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

586番300円
仙台藩四文銭類(鉄銭)

削頭千刮去  母銭

面文は削頭銭と同一で
あるが、原母銭の段階で
「千」を刮去し、右4波から
左4波にかけての谷と、前
2波より下の部分が鋳浚
われ、その部分は魚子(な
なこ)地にならない。後波
の左側の1カ所がわずか
に屈曲する特徴を合わせ
持っておる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

587番20000円
仙台藩四文銭類(鉄銭)

削頭千刮去(鉄銭)

面文は削当頭銭と同一で
あるが、原母銭の段階で
「千」を刮去し、右4波から
左4波にかけての谷と、前
2波より下の部分が鋳浚
われ、その部分は魚子地
にならない。後波の左側
の1カ所がわずかに屈曲
する特徴を合わせ持って
おり、通用銭ではこの後波
の特徴で
削頭千無背(未入手)と
区別する。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

587番300円
盛岡藩 四文銭類
盛岡藩四文銭類

慶応2年(1866年)、
稗貫郡大迫通外川目村で
鋳造開始。通用銭は鉄銭。
背に「盛」の字を鋳出とてい
る背盛銭と「盛」字のないも
のとがある。また、外川目銭
座の開鋳以後、藩内の各地
(栗林、橋野、大橋、砂子
渡、佐比内)にも銭座が設
けられている。      →
 →          母銭
に色調や製作の異なるも
のや、通用銭にも鉄の
質感(金属光沢の有無な
ど)に違いのあるものが認
められ、あるいは銭座の
違いによる差の可能性は
あるのだが、実際のところ
銭座別に銭種を比定する
ことは困難といえよう。
栗林銭座の鋳造といわれ
る栗林広穿があり、別掲
した。
質感
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

仰寶大字(鉄銭)

後掲の仰寶と同様、「永」の頭
とフ頭との間隔が狭く、「寶」が
仰ぎ、後足と郭の間隔が広い。
ただし、当銭は面文大きく、
「寛」の跳ねが、郭右辺の延長
線近くに位置し、寛目が横長
であることが異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

591番2000円
盛岡藩四文銭類

仰寶 母銭

前掲の仰寶大字と同様、「永」
の頭とフ頭の間隔が狭く、
「寶」が仰ぎ、後足と郭の間隔
が広い。ただし、当銭は、面文
が全体的に小さく、「永」の頭が
少し仰ぎ、「寶」がやや昂がり、
冠横引きが郭上辺の延長線
より上に位置することなどが
異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

592番10000円
盛岡藩四文銭類

仰寶(鉄銭)

前掲の仰寶大字と同様、「永」
の頭とフ頭の間隔が狭く、
「寶」が仰ぎ、後足と郭の間隔
が広い。ただし、当銭は、面文
が全体的に小さく、「永」の頭が
少し仰ぎ、「寶」がやや昂がり、
冠横引きが郭上辺の延長線
より上に位置することなどが
異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

592番100円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

仰寶(背山手)(鉄銭)

後掲の背山(未入手)と同様、
左1波と左2波との接点に小さ
な鋳溜りがある。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

595番2000円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

背盛 母銭

背に「盛」の字を鋳出している。
他の盛岡藩四文銭はマ頭通
であるが、当銭はコ頭通で
ある。「寶」の貝の爪がない。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

596番100000円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

背盛(鉄銭)

背に「盛」の字を鋳出している。
他の盛岡藩四文銭はマ頭通
であるが、当銭はコ頭通で
ある。「寶」の貝の爪がない。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

596番1000円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

背盛(次鋳)(鉄銭)

内径、銭文径ともに小さい。
通用銭の内径は、
19.60o前後。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

598番500円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

マ頭通 母銭

「寛」が横長で冠前垂れが
長く、「永」も横長で頭が長め
であることなど、前掲の背盛
と書風は類似するが、マ頭通
で、無背のもの。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

600番60000円
盛岡藩四文銭類(鉄銭)

マ頭通(鉄銭)

「寛」が横長で冠前垂れが
長く、「永」も横長で頭が長め
であることなど、前掲の背盛
と書風は類似するが、マ頭通
で、無背のもの。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

600番1000円
会津藩 四文銭類
会津藩四文銭類

慶応2年(1866年)、江戸深
川八右衛門新田の会津藩
邸内で鋳造開始とされる。
当類を会津藩鋳とするのは、
種銭棟梁 田中岩市の証言
による。          →
→           田中
は、波紋の中に「ノ」の
字を加え、
「アヒヅ(会津)」の
「ア」の略であることを聞
いたということである。
会津藩四文銭類(鉄銭)

太ノ 母銭

後掲の細ノにくらべて「ノ」が
太く、面背の内径がやや大き
い、なお、背ノ銭は、面文の
書風は後掲の津藩四文銭
の背イ銭に類似し、「通」や
「寶」の爪がないという特徴
が背イ銭と異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

610番150000円
会津藩四文銭類(鉄銭)

太ノ 通用銭(鉄銭)

後掲の細ノにくらべて「ノ」が
太く、面背の内径がやや大き
い、なお、背ノ銭は、面文の
書風は後掲の津藩四文銭
の背イ銭に類似し、「通」や
「寶」の爪がないという特徴
が背イ銭と異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

610番3000円
会津藩四文銭類(鉄銭)

太ノ(断チャク)(鉄銭)

「通」のチャクの折頭が削られ、
折頭と郭との間隔が広い。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

611番10000円
会津藩四文銭類(鉄銭)

細ノ 母銭

前掲の太ノに比べて「ノ」字
が細く、面背の内径がやや
小さく、谷が少し浅い。また、
右3波がやや直線的である
のも特徴である。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

612番50000円
会津藩四文銭類(鉄銭)

細ノ 通用銭(鉄銭)

前掲の太ノに比べて「ノ」字
が細く、面背の内径がやや
小さく、谷が少し浅い。また、
右3波がやや直線的である
のも特徴である。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

612番800円
津藩 四文銭類
津藩四文銭類

慶応2年(1866年)、江戸深
川西町の津藩藤堂邸内で
鋳造開始とされる。通用銭は
鉄銭。背に「イ」の字を鋳出
している。当類を津藩鋳とす
るのは、会津藩四文銭類と
同様、 田中岩市の証言に
よる。それによれば、「イ」は
「藤堂和泉守(イズミノカミ)」
の頭文字ということらしい。
               →
→          ただし、
田中証言では、藤堂邸
を冨川町としている。
また、縮字と呼ばれる
ものは『寛永銭講習録』
で津藩鋳と推定(仮定)さ
れ、現在に至っているもの
で、確証はない。
この縮字は打製の原母銭
により母銭が鋳造された
特殊なものである。
津藩四文銭類(鉄銭)

広波背イ(鉄銭)

広波とは、後掲するの620番
狭波背イに対しての名称で、
それにくらべて後波の横幅が
広い。次掲の619番降波も
同様の特徴を持つが、
当銭は、右4波、左4波がそ
れぞれ、郭の角に接し、
「イ」が郭に対してやや左りに
偏っていることが異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

618番50000円
津藩四文銭類(鉄銭)

降波背イ(鉄銭)

前掲の広波背イに
似ているが、当銭は、右4波、
左4波の郭に接する位置が
降り、それぞれ郭の角よりや
や下の右辺または左辺に接し
ている。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

619番2000円
津藩四文銭類(鉄銭)

狭波背イ(鉄銭)

前掲の降波背イにくらべて、
当銭は後波横幅が狭く、
右4、左4波がそれぞれ、
郭の上辺に接している。

慶応4年(1868年)

ハドソン 新寛永通寶図会

620番2000円
津藩四文銭類(鉄銭)

狭波背イ(磨輪)(鉄銭)

直径が小さく、輪幅の
細いもの。

慶応4年(1868年)

ハドソン 新寛永通寶図会

621番1500円
津藩四文銭類(鉄銭)

縮 字(鉄銭)

面文がやや肥字。「永」の頭や
フ頭が短く、「通」の用とチャク折
との間隔が広い。また、背の
波が太く内輪から少し離れ、
左右の2波、3波、4波は少し
縦向きで直線的である。

慶応4年(1868年)

ハドソン 新寛永通寶図会

622番1500円
水戸藩 四文銭類
水戸藩四文銭類(鉄銭)

626番〜635番は、慶応2年
(1866年)より常陸国水戸祝
町辰ノ口および江戸本所小
梅村の水戸藩下屋敷内で鋳
造とされる。 背に「ト」の字を
鋳出しているものと、ないも
のがある。通用銭は鉄銭。
               →
→     637番〜638番
は、慶応4年(1868年)より
江戸本所小梅村で鋳造
とされるもの。

通用銭は鉄銭。
水戸藩四文銭類(鉄銭)

逆ト(さかと)(鉄銭)

面文が俯永に類似。後掲の
長尾寛背トに似るが、「寛」の
末尾が短く、「ト」の第2画は
上向きで、他の背ト銭とは逆
になっている。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

626番30000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

逆ト刮去(鉄銭)

前掲の逆トと面文は同一であ
るが、背に「ト」の字のないも
の。前掲の万延俯永に類似
しているが、当銭は「通」の
マ頭横引き短いく、少し仰ぎ、
チャクの尾折がやや上方に
屈曲する。
また、背の内径が小さく、
後波と郭との間隔が狭い。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

627番10000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

長尾寛背ト(鉄銭)

面文は前掲の逆トに似るが、
「寛」の末尾が長く、「通」の
チャク肩と用の前柱との間隔が
少し広く、チャクの折尾が短い
点などが異なる。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

628番30000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

長尾寛背ト刮去(鉄銭)

前掲の長尾寛背トと面文は
同一であるが、背に「ト」の字
のないもの。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

629番2000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

濶字背ト(鉄銭)

前掲の背ト銭2種にくらべて、
「寛」の横幅が広い。「通」の
マ頭が大きく、「寶」がやや
仰ぐ。書風は、前掲の俯永に
類似する。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

630番1500円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

濶字背ト刮去(鉄銭)

前掲の濶字背トと面文は同
一であるが、背に「ト」の字
のないもの。後掲の中穿に
に類似するが、「永」の末画
が長い。「寶」が降る。冠後肩
が郭の上辺の延長線より
下に位置するなどの相違が
ある。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

631番500円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

小字背ト(鉄銭)

前掲の背ト銭にくらべてやや
小型で、狭穿。書風は濶字
背トに似るが、「寶」は仰が
ずにやや降り、寶足の下端
が郭下辺の延長線より下に
位置する。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

632番3000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

中  穿 (鉄銭)

前掲の濶字背ト刮去に類似
するが、当銭は「永」の末画
が短く、「寶」が少し昂がり、
冠後肩が郭の上辺の延長線
近くに位置する。また、後波が
やや内輪よりに位置し、郭上
辺との間隔が広い。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

633番4000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

広  穿 (鉄銭)

前掲の濶字背ト刮去や中穿に
似るが、やや広穿かつ小字。
「寛」の跳ねがやや内側に跳
ね、「永」の頭爪や フ爪が長
く、「寶」は郭に対して下に偏
る。なお、当銭と面文の特徴
が同一で、内径、銭文径が小
さいものは、後掲の栗林四
文銭類の栗林広穿である。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

634番300円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

狭永(銅銭) 鋳放し母銭

書風は前掲の濶字背ト刮去
や中穿に似るが、やや小字。
「寛」の末尾はやや長く、「永」
のフ頭が短い。「通」が郭に
対してやや上に偏る。また、
背の内径が小さい。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

635番200000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

狭永(鉄銭) 通用銭

書風は前掲の濶字背ト刮去
や中穿に似るが、やや小字。
「寛」の末尾はやや長く、「永」
のフ頭が短い。「通」が郭に
対してやや上に偏る。また、
背の内径が小さい。

慶応2年(1866年)

ハドソン 新寛永通寶図会

635番3000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

深 字(鉄銭)

前掲の仰永(未入手)より深彫
りで、面郭がわずかに小さく、
面文と郭との間隔が少し広い。
また、「寛」の前足の湾曲度
合いが小さく、「通」のチャク肩と
用の前柱とが離れる。後掲の
深字降チャクも同様の特徴を有
すが、「通」の用の前肩が上梁
より上に突出していない点が
異なる。

慶応4年(1868年)

ハドソン 新寛永通寶図会

637番3000円
水戸藩四文銭類(鉄銭)

深 字降チャク(鉄銭)

前掲の深字に酷似しているが、
当銭は、「通」の用の前肩が上
梁より上に突出し、前肩に対
するチャク頭の位置が、深字より
も降りる。

慶応4年(1868年)

ハドソン 新寛永通寶図会

638番4000円
栗林 四文銭類
栗林四文銭類

明治初年頃に、陸奥国南閉
伊郡栗林村で鋳造された、
盛岡藩鋳のものといわれる。
通用銭は鉄製。水戸広穿の
母銭を基に鋳写して母銭が
製作されたと見られ、水戸広
穿と特徴は同一ながら、直
径、内径が少し小さい。また、
鉄の色調が異なり、やや灰色
がかった色調で金属光沢が
少ないものが多い。    →
→           盛岡藩
四文銭類にも同様の色調の
ものが散見され、あるいは
同一銭座のものである可能
性もある。ただし、この栗林
四文銭類が伝承通りの鋳地
であるか否かは、関連付け
る資料がないのでなんとも
いえない。
栗林四文銭類(鉄銭)

栗林広穿(鉄銭)

前掲の水戸藩四文銭類の
広穿と文字の特徴は同一で
あるが、直径や内径、銭文径
が小さい。また、若干厚手の
ものが多い。

慶応4年(1868年)?

ハドソン 新寛永通寶図会

644番2000円
密鋳銭の部 踏潰四文銭類
踏潰四文銭類

鋳地不明、鋳期は幕末頃と
推定される。南部地方鋳のも
のといわれている。
当銭は多くの場合、銀座
兼帯の銭座で鋳造された
四文銭(通用銭)を基に覆輪
し、文字を修整して母銭を
製作したようだ。     →
→ 修整とはいえ文字抜けを
よくする加工で、文字自体は
かえって崩れている。

この、文字の崩れや輪が
広いという特徴から
踏み潰したような感じが
するためこの名称がある。
踏潰四文銭類(銅銭)

踏潰濶永(欠波)

「永」の横幅が特に広い。点が
柱に対して進んでいる。面文と
内輪との間隔が広いことは
踏潰濶永の特徴である。

本銭(欠波)はこれに、右4波
の後波の接点から郭にかけ
ての部分が欠けている。のが
特徴である。

ハドソン 新寛永通寶図会

694番10000円
踏潰四文銭類(銅銭)

踏潰狭永

「永」の横幅が少し狭く、
フ撓(ドウ)が著しく湾曲する。
「通」のマ頭の斜画が鋳切れ
る。「寶」の冠前垂れが少し
横向きであり、後垂れが欠落
する。当銭は「俯頭永」とも
称されるが、「永」の頭が俯
していないものもある。

ハドソン 新寛永通寶図会

696番15000円
踏潰四文銭類(銅銭)

踏潰俯柱永

「永」の柱が少俯す特徴の
ほか、頭とフ頭の間隔が
狭く、フ肩と柱との間隔が
広い。
また、踏潰小点永(未入手)
と同様に「寛」字の末尾が
短く、「寶」の両足が短い。

ハドソン 新寛永通寶図会

699番12000円
踏潰四文銭類(銅銭)

踏潰俯柱永(次鋳)

「永」の柱が少俯す特徴の
ほか、頭とフ頭の間隔が
狭く、フ肩と柱との間隔が
広い。
また、踏潰小点永(未入手)
と同様に「寛」字の末尾が
短く、「寶」の両足が短い。

次鋳は内径、銭文径がともに
小さい。通用銭の内径は、
19.00o前後もしくは
それ以下。

ハドソン 新寛永通寶図会

700番12000円
密鋳銭の部 鋳写し四文銭類
鋳写し四文銭類(銅銭)

四文銭短尾寛写し

銀座兼帯の銭座での鋳造
銭種の短尾寛写したもの。

銭径小、面文がつぶれ、
郭抜け気味。

ハドソン 新寛永通寶図会
ハドソン新寛永通宝図会
728番5000円
鋳写し鉄銭

俯永

万延期四文銭類の
579番万延俯永の銅銭から
鋳写ししたものか、末鋳品
かの区別は困難。
鋳写し鉄銭

仰寶

盛岡藩四文銭類の
592番仰寶の銅銭から
鋳写ししたものか、末鋳品
かの区別は困難。
加工銭
加工銭 雨乞い銭
(明和俯永)

面背の縁に
面背の輪に放射状に細線を
彫ってある。
雨の降る状態を表現しようと
したものと推定できる。
加工銭
(明和俯永)

独楽や戸車などに
するため、穿を丸く削ったと
推定される。
加工銭
(文政小字左直1波)

戸車などにするため、穿を丸
く削った。

穿内や面背に、実際に戸車と
して使用した痕跡が認め
られた。
文久永寶
文久3年(1860年)2月、
銀座兼帯の江戸深川千田新
田(大工町)の銭座で鋳造の
ものは「真文類」であり、
金座兼帯の浅草橋(小菅)
銭座の鋳造は「草文類」と
「略寶類」のものである。 →
→   文久永寶は量目を
減らした四文銭(銅銭)
(直径27.0 o、
重量約3.37g)で、
横鑢(ヤスリ)の美銭である。

この加工製作技法は、
安政期四文銭と類似する。
文久永寶(深字)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)
東洋古銭図録 五
文久永寶(深字広永)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 七
文久永寶(深字手)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 九
文久永寶(直永)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 四
文久永寶(楷書)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録(穴銭堂)十
文久永寶(細字跛寶)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 八
文久永寶(繊字)

文字の揮毫は、若年寄・
小笠原長行の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 十
文久永寶(玉寶(略寶) 細郭)
母  銭

文字の揮毫は、政事総裁職・
松平慶永(松平春嶽)の
筆になる。

文久3年(1863年)


東洋古銭図録 九
文久永寶(玉寶(略寶) 細郭)
通用銭

文字の揮毫は、政事総裁職・
松平慶永(松平春嶽)の
筆になる。

文久3年(1863年)


東洋古銭図録 九
文久永寶(玉寶(略寶) 広郭)

文字の揮毫は、政事総裁職・
松平慶永(松平春嶽)の
筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 十
文久永寶(草文 中郭)

文字の揮毫は、老中・
板倉勝静の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 十
文久永寶(草文 細郭)
母  銭

文字の揮毫は、老中・
板倉勝静の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 九
文久永寶(草文 細郭)
通用銭

文字の揮毫は、老中・
板倉勝静の筆になる。

文久3年(1863年)

東洋古銭図録 十
文久永寶

称 恩賜手
(玉寶(略寶) 広郭)


文字の揮毫は、政事総裁職・
松平慶永(松平春嶽)の
筆になる。