仙台石巻銭類
仙台石巻銭類

背に「仙」や「千」の字を
鋳出した背仙銭、背千銭と、
無背銭とがある。

陸奥国牡鹿郡石巻では、
享保13年(1728年)〜
安政期に断続的に鋳銭が
行われた。
収集界では、当類を史実に
見られる鋳期に推定・充当
する。
ただし、鉄銭(大字背千、
同爪貝寶)鋳造を元文期と
見る説が一般化している
が、史実によれば明和期
以降と見られる。
マ頭通背仙

享保期と推定されている。
通頭がマ頭である点が、
他の背仙類と異なる。
また、通チャクの揮が2つある
点は、次掲の重揮通背仙
と同様である。
色調は、赤茶系のものが
多い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

206番20000円
仙台石巻銭類

重揮通背仙

享保期と推定されている。
マ頭通背仙と同様に、
通チャクの揮が2つであるが、
当銭は通頭がコ頭である。
色調は、黒茶系のものが
多い。
享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

207番3500円
仙台石巻銭類

コ頭通背仙

前掲の通頭がコ頭であ
るが、通チャクの揮は1つ。
また、「仙」の第五画の下
端が左上に跳ねているの
で、通称「跳ね仙」ともいう。
色調は、赤茶系のものが
多い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

208番4500円
仙台石巻銭類

重揮通無背

重揮通背仙同様、通頭が
コ頭で、通チャクの揮が2つ
であるが、背に「仙」字は
ない。
面文は重揮通背仙に似る
が、通頭が俯し、「永」のフ
画が少し昂がるなど、全体
に相違が見られるので、背
仙を刮去して原母を作成し
たものではない。
色調は、赤茶系のものが
多い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

209番100円
仙台石巻銭類

重揮通無背(破冠寶)


ハドソン寛永通宝図会
209番重揮通無背の
手変わり。 譜外。

享保13年(1728年)


ハドソン 寛永通寶図会

譜外700円
仙台石巻銭類

重揮通無背(短用柱)

「通」の用の中柱下部が
欠け、 二引き下画より
下に延びない。
寛寶間に、まるい凹みが
あるものと、ないものがあ
る。当銭は凹みがある。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

210番3000円
仙台石巻銭類

重揮通無背(削用通)

「通」の用の後柱が、一部
を残して欠落しているもの。
通下の内輪に小さな凹み
がある。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

211番2000円
仙台石巻銭類

異書

異書類は「通」が縦に短い
短通系(異書・異書斜宝・
異書進冠)と、「通」が縦に
長い長通系(異書長通・
異書低寛・異書大字)に
大別できる。
当銭は、短通系の中では
「寛」の冠の横幅が狭い
という特徴をもつ。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

212番300円
仙台石巻銭類

異書斜寶 母銭

他の短通系ものにくらべて
寛目が縦長で、「永」の点が
柱よりやや進む。「寶」の尓
の前点が後点に対してやや
昂がり、寶目が仰いでいる。

銭径  25.3mm
至輪径 20.3mm
厚さ    1.2mm
重量     3.4g

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

214番15000円
仙台石巻銭類

異書斜寶 通用銭

他の短通系ものにくらべて
寛目が縦長で、「永」の点が
柱よりやや進む。「寶」の尓
の前点が後点に対してやや
昂がり、寶目が仰いでいる。

銭径  24.6mm
至輪径 20.0mm
厚さ    1.3mm
重量     3.3g

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

214番100円
仙台石巻銭類

異書斜寶

大様銭 通用銭
銭径  25.3mm
至輪径 19.7mm
厚さ    1.0mm
重量   3.2g

静岡いづみ会編
「穴銭入門新寛永通宝の部」
E異書斜宝の解説文
に大様品の記載がある。
『通用は赤褐色が殆どだが、
稀に黄色くて大様の品
(位付=16)もある。初鋳品
であろう。』
仙台石巻銭類

異書進冠

他の短通系ものにくらべて
「寛」の冠の前垂れがやや
長いので、冠がより進んで
見える。見の前足が下梁か
ら離れ、「通」の用の中柱
の下部が陰起する。
「寶」の尓が特に大きく、
尓の柱と、貝の後肩との
間隔が狭い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

216番100円
仙台石巻銭類

異書進冠(深背)

背の谷が深いもの。
異書類は、背が浅いもの
がほとんどであるが、
異書進冠に限り、背の谷が
目だって深いものを散見
する。

亨保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

217番500円
仙台石巻銭類

異書長通 母銭

他の長通系ものにくらべて
「寛」の冠の後足の跳ね
が郭の右辺の延長線から
やや離れ、「永」の点が柱
に対して少し進み、「寶」の
王の柱の下部(中画と下
画の間)が欠落している。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

218番20000円
仙台石巻銭類

異書長通 通用銭

他の長通系ものにくらべて
「寛」の冠の後足の跳ね
が郭の右辺の延長線から
やや離れ、「永」の点が柱
に対して少し進み、「寶」の
王の柱の下部(中画と下
画の間)が欠落している。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

218番100円
仙台石巻銭類

異書長通 通用銭
白銅質

他の長通系ものにくらべて
「寛」の冠の後足の跳ね
が郭の右辺の延長線から
やや離れ、「永」の点が柱
に対して少し進み、「寶」の
王の柱の下部(中画と下画
の間)が欠落している。
存在は全体の10%程度。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

218番10000円
仙台石巻銭類

異書長通(次鋳)

直径、内径、銭文径
いずれも小さい。
内径は19.00o前後。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

219番500円
仙台石巻銭類

異書長通(奇目)

「寛」の見、「寶」の貝の
後柱が、ともに小刻みに
陰起する。「寶」の貝の
後柱のみ、ともに小刻み
に陰起するものもある。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

221番3000円
仙台石巻銭類

異書長通(異頭通)

「通」のコ頭の下隅と
用の上梁右側が陰起し、
「寶」の貝の前柱中央が
鋳切れる。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

222番2000円
仙台石巻銭類

異書長通(破用通)

「通」の用の後柱の中央が
鋳切れる。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

223番2000円
仙台石巻銭類

異書長通(日目寶)

寶目の二引き上画より
上の部分が一部を残し
欠落し、寶目が「日」の
ように見える。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

225番3000円
仙台石巻銭類

異書長通(破目寶)

「寶」の貝の下梁が欠けて
おり、「通」の下の谷に
細い筋状の突起がある。
貝の下梁が欠けず、「通」下
の特徴のみ確認できるもの
がある。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

226番2000円
仙台石巻銭類

異書低寛

他の長通系ものにくらべて
寛足が低く、「寛」の見の
下梁と二引き下画との
間隔が狭い。
また、「永」のノ画が長い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

227番100円
仙台石巻銭類

異書低寛(次鋳)

直径、内径、銭文径いずれ
も小さい。
内径は19.00o前後。
単に磨輪されて小型になっ
たもの(基本体と内径が同
じもの)もある。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

228番500円
仙台石巻銭類

異書低寛(離頭永)

「永」の頭の柱寄りの部分
に鋳切れがある。「通」「永」
間の谷に、縦向きの筋状の
鋳皺(凹凸)が見られる。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

229番1000円
仙台石巻銭類

異書低寛(奇永)

「永」のノ画が鋳切れ、ノ爪
の部分が点となって残存
している。また、「寶」の
前足が短い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

230番3000円
仙台石巻銭類

明和大字背千(鉄銭)

後掲の明和小字背千に
くらべ銭文が大きいので、
大字と称される。後掲の
安政大字爪貝宝背千に似
るが、「寛」の見の跳ねが
わずかに郭の右辺の延長
線に寄り、「寶」の冠が
少し降る、横引きと郭の
上辺の延長線との間隔が
やや広いといった点が
異なる。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

234番500円
仙台石巻銭類

明和手大字背千(鉄銭)

明和大字背千母銭を加工
し、他期(安政期?)に流用
したと思われるもの。背輪の
外周部がわずかに傾斜し、
輪側に近づくほど、厚みが
薄くなる。薄型かつ軽量。
通用銭は、比較的鉄の黒
味が少ない。輪側に小さな
鋳バリが多い、ざらざらした
感じがするなど、安政期と
される。背千銭に類似
する。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

235番500円
仙台石巻銭類

安政大字背千 母銭

安政7年3月に万延に
改元されたので、
「万延大字背千」ともいう。
明和手大字背千と面文の
特徴は同一であるが、「千」
字が細く、背郭が大きい。
「千」の横引きと郭との間隔
が狭い。また、 直径、内径、
銭文径がいずれも小さい。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

237番20000円
仙台石巻銭類

安政大字背千 通用銭
(鉄銭)

安政7年3月に万延に
改元されたので
「万延大字背千」ともいう。
明和手大字背千と面文の
特徴は同一であるが、「千」
字が細く、背郭が大きい。
「千」の横引きと郭との間隔
が狭い。また、 直径、内径、
銭文径がいずれも小さい。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

237番300円
仙台石巻銭類

安政大字背千
(背小郭) 母銭

「千」の字が明和手大字
背千にくらべて細い点は
基本体変わらないが、
背郭が小さく、「千」の横引き
と郭との間隔が広い。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

238番20000円
仙台石巻銭類

安政大字背千(濶縁) 母銭

通称「濶縁背千」。
背郭が大きい点は基本体
と同じだが、輪幅が広く、内
径や銭文径が小さい。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

240番35000円
仙台石巻銭類

安政大字背千(濶縁)
通用銭(鉄銭)

通称「濶縁背千」。
背郭が大きい点は基本体
と同じだが、輪幅が広く、内
径や銭文径が小さい。内
径、銭文径が掲載品よりや
やおおきなものもある。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

240番500円
仙台石巻銭類

安政大字爪貝寶背千
(鉄銭)

前掲の明和大字爪貝寶背
千(未入手)と面文の特徴は
同一だが、「千」がやや細字
で、直径、内径、銭文径いず
れも小さい。

安政7年(1860年)

ハドソン 寛永通寶図会

244番500円
仙台石巻銭類

明和小字背千 母銭

明和手大字背千にくらべ直
径が小さく、文字も小さい。
後掲の明和小字背千進貝
寶に類似するが、「永」の
フ頭が仰いでいない。「千」
の末尾が少し太くなったも
のが多いが、尖ったものも
あり、尖り千と誤認しやす
いので注意を要する。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

246番15000円
仙台石巻銭類

明和小字背千 通用銭
(鉄銭)

明和手大字背千にくらべ直
径が小さく、文字も小さい。
後掲の明和小字背千進貝
寶に類似するが、「永」の
フ頭が仰いでいない。「千」
の末尾が少し太くなったも
のが多いが、尖ったものも
あり、尖り千と誤認しやす
いので注意を要する。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

246番100円
仙台石巻銭類

安永小字背千刮去 母銭

明和小字背千の背文を母銭
段階で刮去したもので、「千」
字を削った痕跡の認め
られるもの。

天明4年(1784年)

ハドソン 寛永通寶図会

248番10000円
仙台石巻銭類

安永小字背千刮去 通用銭
 (鉄銭)

明和小字背千の背文を
母銭段階で刮去したもので、
「千」字を削った痕跡の認め
られるもの。通用銭では、
母銭の刮去残痕が鋳出され
ているものは間違いなく刮去
といえるが、厳密には次掲の
安永小字背千無背との識別
は困難。

天明4年(1784年)

ハドソン 寛永通寶図会

248番100円
仙台石巻銭類

安永小字背千無背
(鉄銭)

原母段階で 明和小字背千
の背文を丁寧に刮去して、
母銭を製造したと思われ、
母銭には刮去痕がない。
通用銭では刮去残痕が全
く見られない大型のものが
無背母銭に対応する可能
性が高いが、鉄銭の多くは
鋳肌が粗く、明確な区分は
困難。

天明4年(1784年)

ハドソン 寛永通寶図会

249番100円
仙台石巻銭類

明和小字進貝寶背千 母銭

明和小字背千に類似して
いるが、「永」字のフ頭が
仰ぎ、寶目が少し進んでい
る。また、後柱と郭との
間隔がわずかに広い。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

252番20000円
仙台石巻銭類

明和小字進貝寶背千
通用銭(鉄銭)

明和小字背千に類似して
いるが、「永」字のフ頭が
仰ぎ、寶目が少し進んでい
る。また、後柱と郭との
間隔がわずかに広い。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

252番100円
仙台石巻銭類

明和小字進貝寶背千刮去
(鉄銭)

明和小字進貝寶背千の背
文を母銭段階で刮去したも
ので、「千」字を削った痕跡
の認められるもの。通用銭
では、母銭の刮去残痕が
鋳出されているものは間
違いなく刮去といえるが、
厳密には次掲の無背
(未入手)との識別は困難。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

254番100円
仙台石巻銭類

尖り千(鉄銭)

前掲の明和小字背千(未
入手)と面文の特徴は 同一
だが、内径や銭文径が小
さく、「千」の末尾が尖る。
通用銭が比較的多く存在
するように記す銭譜も少な
くないが、内径や銭文径が
小さいという条件を満たす
ものは極めて少なく、現時
点での評価は不明。
通用銭の内径は
18.70o前後。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

258番評価不明
仙台石巻銭類

尖り千進貝寶 母銭

明和小字進貝寶背千を
もとに背文を修正して製造
されたもの。平均的な直径
や、内径、銭文径が小さく、
「千」の末尾が尖る。母銭の
色調が尖り千大字に類似
し、白みを帯びる。

当銭の
外径22.7mm
至輪径19.0mm
厚さ1.3mm、重量3.2g

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

259番30000円
仙台石巻銭類

尖り千進貝寶 通用銭
(鉄銭)

明和小字進貝寶背千を
もとに背文を修正して製造
されたもの。平均的な直径
や、内径、銭文径が小さく、
「千」の末尾が尖る。
通用銭の内径は
18.70o前後。

当銭の
外径22.0mm
至輪径18.5mm
厚さ1.2mm、重量2.2g

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

259番1000円
仙台石巻銭類

尖り千大字(鉄銭)

小字背千に似るが新規母銭
によるもの。面文は大きく、
「千」の字が輪や郭から離
れ、末尾が尖る。背の輪幅
が細い。

なお、尖り千各種は、
天保期の鋳造と
推定されている。

明和2年(1869年)

ハドソン 寛永通寶図会

260番500円
難波銭類
難波銭類

享保13年(1728年)、
摂津国西成郡難波村新地
で鋳造開始とされるもの。

独特な書風で、「寛」の
サ画の前画、後画が、
横引きより下へ突出しない。

「永」のフ撓の先端が上へ
跳ねるといった特徴が見ら
れる。
難波銭類

低頭通

通称「濶縁」。他の難波銭
類にくらべて寛目の 二引
き上画がやや短く、「永」の
柱の跳ねも短い。また、
「通」のコ頭が少し低い。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

265番200円
難波銭類

低頭通(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

266番200円
低頭通(次鋳)

直径、内径、銭文径
いずれも小さい。
内径は19.00o前後。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

267番500円
難波銭類

高頭通 母銭

通称「中縁」。
前掲の低頭通にくらべて
寛目の二引きがやや長く、
「永」の柱の跳ねが長い。
また、「通」のコ頭が少し
高い。面背の内径はやや
大きい。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

268番25000円
難波銭類

高頭通 通用銭

通称「中縁」。
前掲の低頭通にくらべて
寛目の二引きがやや長く、
「永」の柱の跳ねが長い。
また、「通」のコ頭が少し
高い。面背の内径はやや
大きい。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

268番200円
難波銭類

額輪 母銭

面文の特徴は高頭通と
同一であるが、輪と面文と
の間隔が少し広く、谷に対
する輪や郭の高さが面文
よりも高い。輪幅は平均し
て細め。高頭通を額輪に
加工したのは、銭の厚みを
増し、緡(さし)にした際の長
さを長くして、見掛け上
立派な銭貨に見せるため
とも考えられる。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

271番40000円
難波銭類

額輪 通用銭

面文の特徴は高頭通と
同一であるが、輪と面文と
の間隔が少し広く、谷に対
する輪や郭の高さが面文
よりも高い。輪幅は平均し
て細め。高頭通を額輪に
加工したのは、銭の厚みを
増し、緡(さし)にした際の長
さを長くして、見掛け上
立派な銭貨に見せるため
とも考えられる。

享保13年(1728年)

ハドソン 寛永通寶図会

271番2000円
元文期十万坪銭類
元文期十万坪銭類

元文元年(1736年)、江戸
深川十万坪で鋳造開始。

鉄銭を元文4年(1739年)
より鋳造。当類は背に「十」
字を鋳出した背十銭(通用
銭はなし)、輪に「十」字の
極印を持つ輪十極印銭、
輪十極印銭と書風の特徴
が同一で極印のないもの、
また、それらと書風の共通
性などから推定・充当し
ている銭種(虎の尾寛
以下の各銭種)で構成
される。
元文期十万坪銭類

背 十  母銭式

背に「十」字が鋳出さる。
元文期十万坪銭は、この
背十銭のように、寛目が小
さく、見の爪や冠の前垂れ
が長く、永点、通点がとも
に草点といった特徴を有
する。なお、このような特
徴は他の元文期とされる
多くの類にも見られる。

背十銭には通用銭は
ない。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

272番35000円
元文期十万坪銭類

輪十鋳込

「通」の上の輪に「十」の極
印が打たれている。母銭、
通用銭とも極印の位置は
一定しているため、原母段
階で極印が打たれたと考
えられる。後掲輪十後打に
くらべて製作は良好で、
後打ちに見られる鋳造上
の不良による変化は
ほとんど見られない。

元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

273番700円
元文期十万坪銭類

輪十後打 母銭

「通」の上の輪に「十」の極
印があるが、前掲輪十鋳込
にくらべて極印が大きい。
母銭の段階で個々に打刻し
ているため、極印の位置は
一定していない。製作もやや
劣り、鋳溜まりや湯回り不良
など鋳造上の欠陥による
変化が多い。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

274番25000円
元文期十万坪銭類

輪十後打 通用銭(銅銭)

「通」の上の輪に「十」の極
印があるが、前掲輪十鋳込
にくらべて極印が大きい。
母銭の段階で個々に打刻し
ているため、極印の位置は
一定していない。製作もやや
劣り、鋳溜まりや湯回り不良
など鋳造上の欠陥による
変化が多い。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

274番500円
元文期十万坪銭類

輪十後打 通用銭(鉄銭)

「通」の上の輪に「十」の極
印があるが、前掲輪十鋳込
にくらべて極印が大きい。
母銭の段階で個々に打刻し
ているため、極印の位置は
一定していない。製作もやや
劣り、鋳溜まりや湯回り不良
など鋳造上の欠陥による
変化が多い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

274番600円
元文期十万坪銭類

輪十後打(削永)

「永」のフ頭先端に鋳切れが
あり、フ爪が点となって残存
する。また、「寶」の貝の上梁
左端が鋳切れて前肩から離
れ、寶下の内輪が1カ所
わずかにえぐれている。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

277番1500円
元文期十万坪銭類

輪十後打(削永陰目寛)

削永に見られる特徴の
ほか、「寛」の見の 二引き
上画が陰起し、横引きが点
状になっている。寶貝の前
足右側の谷に鋳溜まり
がある。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

278番2000円
元文期十万坪銭類

輪十後打(通上爪手)

「通」上の谷に、短い線状
の突起がある。
また、「寶」の下の谷に、
三角形の窪みある。
爪文というのは本来、意図
的に付けられたわずかに弧
を描く線状の突起のことを
いうが、当銭に見られる突
起は、母銭鋳造時の偶発
的な鋳溜まりと思われる。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

280番5000円
元文期十万坪銭類

輪十後打(場替り通下)
(鉄銭)

「通」下の輪に極印がある
もの。「寛」上、「永」下、
「通」脇、「寶」脇の輪にある
もの。場替りの各種は、
「通」上に極印のあるものに
くらべ存在数が極端に少な
いので、多くは打刻作業中
のエラーと考えられる。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

282番15000円
元文期十万坪銭類

輪十後打(場替り寶上)
(鉄銭)

「寛」上の輪に極印のある
もの。

元文元年(1736年)

ハドソン 寛永通寶図会

283番15000円
元文期十万坪銭類

輪十無印 母銭

通称「無印」。
輪十鋳込や輪十後打と面文
は同一であるが、極印がな
い。他の元文期十万坪銭類
とくらべて寛目が縦長で、
「永」のフ頭が仰ぎ、接画
がフ肩より昂がる。鋳溜ま
りや湯回り不良など鋳造
上の欠陥による変化が
多い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

288番20000円
元文期十万坪銭類

輪十無印 通用銭
(銅銭)

通称「無印」。
輪十鋳込や輪十後打と面文
は同一であるが、極印がな
い。他の元文期十万坪銭類
とくらべて寛目が縦長で、
「永」のフ頭が仰ぎ、接画
がフ肩より昂がる。鋳溜ま
りや湯回り不良など鋳造
上の欠陥による変化が
多い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

288番100円
元文期十万坪銭類

輪十無印 通用銭
(鉄銭)

通称「無印」。
輪十鋳込や輪十後打と面文
は同一であるが、極印がな
い。他の元文期十万坪銭類
とくらべて寛目が縦長で、
「永」のフ頭が仰ぎ、接画
がフ肩より昂がる。鋳溜ま
りや湯回り不良など鋳造
上の欠陥による変化が
多い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

288番400円
元文期十万坪銭類

輪十無印(次鋳)(銅銭)

直径、内径、銭文径
いずれも小さい。
内径は18.20o前後。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

290番1000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(離爪寛)(銅銭)

輪十後打(離爪寛)同様、
「寛」の見の爪が鋳切れ、
前腰と離れる。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

291番1000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(断フ永)

「永」のフ撓の中間が鋳切
れる。鋳切れの位置は、
前掲の断足寛(未入手)
より末端寄りである。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

293番1000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(断柱永)

輪十後打(削永)と
同様、「永」の柱の
上下が鋳切れる。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

294番2000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(削永)

輪十後打(削永)と同様、
「永」のフ頭先端に鋳切れが
あり、フ爪が点となって残存
する。また、「寶」の貝の上梁
左端が鋳切れて前肩から離
れ、「寶」の下の 内輪が1カ
所わずかにえぐれている。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

297番300円
元文期十万坪銭類

輪十無印(削永陰目寛)

輪十後打(削永陰目寛)
と同様、「寛」の見の 二引き
上画が陰起し、横引きが点
状になり、寶貝の前足右
側の谷に鋳溜まりが
ある。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

298番2000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(削永蝕字)
(銅銭)

削永に見られる特徴を有し、
さらに「寛」の 二引き上画が
欠落する。
「寶」の尓の頭と横引き左側
も欠落し、貝の二引き下画
が陰起する。また、「通」下
の谷に小さな窪みがある。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

302番3000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(削永蝕字)
(鉄銭)

削永に見られる特徴を有し、
さらに「寛」の 二引き上画が
欠落する。
「寶」の尓の頭と横引き左側
も欠落し、貝の二引き下画
が陰起する。また、「通」下の
谷に小さな窪みがある。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

302番5000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(削永凹輪)

削永に見られる特徴を有し、
さらに「永」の末尾近くの
内輪に小さな凹みがある。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

303番1000円
元文期十万坪銭類

輪十無印(通上爪文手)

輪十後打(通上爪文手)
(未入手)と同様、 「寶」の
下の谷に、三角形の窪み
があるが、「通」の上の谷
に、短い線状の突起が
ないもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

306番2000円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛 母銭

他の元文期十万坪銭類
にくらべて面文が大きく、面
郭が小さい。また、「寛」の
見の後柱と末尾との間隔
がやや狭い。「永」の頭が
短く、肩が右上に尖り、
「寶」の尓の後点が長い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

307番25000円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛 通用銭

他の元文期十万坪銭類
にくらべて面文が大きく、面
郭が小さい。また、「寛」の
見の後柱と末尾との間隔
がやや狭い。「永」の頭が
短く、肩が右上に尖り、
「寶」の尓の後点が長い。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

307番100円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

308番100円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛(凹輪)

「通」の上の内輪が凹んで
いるもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

309番1000円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛小字

他の元文期十万坪銭類と
くらべて寛目が小さく、「通」
と郭との間隔が少し広い。
また、コ頭がやや高く、「寶」
の貝の後足が少し横向きに
なる。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

310番200円
元文期十万坪銭類

虎の尾寛小字(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

311番300円
元文期十万坪銭類

含二水永

他の元文期十万坪銭類に
くらべて「寛」の見の爪が
特に長い。また、「永」の草
点の跳ねが頭と連なり、肩
が右側に突き出ている。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

312番500円
元文期十万坪銭類

含二水永(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。
鉄銭は小型のものを確認
していない。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

313番1000円
元文期十万坪銭類

含二水永(次鋳)

直径、内径、銭文径
いずれも小さい。
通用銭の内径は
17.60o前後。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

314番2000円
紀伊 中の島銭類
紀伊中の島銭類

元文2年(1737年)より紀伊
国名草郡中の島村で鋳造
開始とされるもの。
通称「和歌山銭」。

平均して薄肉、且つ軽量で
ある。

独特の書風で、文字の大きさ
に対して「寛」の目、「寶」の
目が小さい。→
→ 資料によれば、元文
5年(1740年)から銅銭と
鉄銭とを並行して鋳造して
いるが、
元文5年以降鋳造された
鉄銭は、現在は推定・充当
されていない(紀伊一ノ瀬
銭と混同されている)が、
あるいは、中の島鉄銭類
(元文期推定鋳地不明銭
類に掲載した、中の島虎
の尾寛、中の島繊字など
数種の鉄銭)が鋳造され
 た可能性も否定できない。

紀伊中の島銭類

狭穿大字 母銭

他の紀伊中の島銭類とくらべ
て狭穿かつ大字で、文字の
大きさと郭の大きさとが同程
度である。「通」の用の前柱
が特に短く、寶足が、郭の下
辺延長線より下に出る。

当銭は、
外径24.8mm
至輪径21.3mm
厚さ1.1mm、重量2.9g

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

321番45000円
紀伊中の島銭類

狭穿大字 通用銭

他の紀伊中の島銭類とくらべ
て狭穿かつ大字で、文字の
大きさと郭の大きさとが同程
度である。「通」の用の前柱
が特に短く、寶足が、郭の下
辺延長線より下に出る。

当銭は、
外径23.8mm
至輪径20.9mm
厚さ1.0mm、重量2.6g

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

321番500円
紀伊中の島銭類

狭穿大字(奇頭永)

永頭が3つの点に
なるもの。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

322番2000円
紀伊中の島銭類

狭穿大字(断尾永)

「永」の末尾が鋳切れ、鋳切
れ箇所下側の内輪が小さく
えぐれている。末尾の延長
線上の内輪脇には小さな
突起がある。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

323番3000円
紀伊中の島銭類

広穿小字

後掲の広穿円チャクと類似
しているが、寛目の横幅が
狭く、前柱と下梁とが
接している。
「永」の接画と柱との間隔
が少し広く、「通」のチャクの
揮部と折との離れる間隔
が狭い。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

324番6000円
紀伊中の島銭類

広穿小字(破冠寛)

「破冠」ともいう。
「寛」の冠横引きに鋳切れ
がある。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

325番6000円
紀伊中の島銭類

広穿円チャク

広穿小字(未入手)と類似し
ているが、「寛」の見の下梁
が後柱よりも右側に少し突き
出ており、「永」の接画と柱
との間隔が狭い。「通」の
チャクの肩にやや丸みが
あり、揮部と折との離れる
間隔が広い。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

326番500円
紀伊中の島銭類

広穿離頭通

当銭と次掲の広穿大点永
は広穿小字や広穿円チャク
にくらべ、「永」のフ頭が短
く、「通」のコ頭下画が縦画
も右側にやや長く突き出る。
コ頭が「ユ」に見える。
広穿大点永とは、寛目の
横幅が狭く、前足の先が
左上に跳ね上がる。「永」
のノ爪が少し縦向きという
点が異なる。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

327番500円
紀伊中の島銭類

広穿大点永

前掲の広穿離頭通と類似
するが、寛目の横幅が広
く、「永」の点が少し大きく、
接画の部分が陰起する。
「通」のコ頭下画が、縦画よ
り右側へ突き出す長さがや
や短く、「寶」の前足が少し
縦向きである。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通寶図会

328番500円