小梅銭類
小梅銭類

元文2年(1737年)より
江戸本所深川で鋳造
開始。
当類には鉄銭もあり、
初鋳年は、元文4年
(1739年)と推定される。

当類は背に「小」の字を鋳
出する背小銭と、小梅手
と称する無背銭で構成さ
ている。
狭穿背小

後掲の背小銭2種にくらべ
て「寛」の冠の横幅が広
く、見の跳ねがほぼ真上
に延びる。「通」のチャクの
揮部が短く、チャクの頭が
用の上梁よりも降りる。
「寶」の後足が跳ねず、背
の「小」の第2画が跳ね
ている。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

331番300円
小梅銭類

広穿背小(銅銭)

次掲の広穿狭小と類似す
るが、「永」の点と頭の間
隔が狭く、ノ爪が短い、
「通」が縦に短いといった
点が異なる。「寶」がや
や昂がり「小」の横幅が
広い。
「小」の第2画が跳ねてい
ない。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

332番1500円
小梅銭類

広穿背小(鉄銭)

次掲の広穿狭小と類似す
るが、「永」の点と頭の間
隔が狭く、ノ爪が短い、
「通」が縦に短いといった
点が異なる。「寶」がや
や昂がり「小」の横幅が
広い。
「小」の第2画が跳ねてい
ない。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

332番2000円
小梅銭類

広穿狭小(銅銭)

前掲の広穿背小に似る
が、「永」の点と頭との間
隔が広く、ノ爪が長い、
「通」が縦長で、「寶」が
やや降る、足の下端が
郭の下辺に並び、「小」
の横幅が狭い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

333番1500円
小梅銭類

広穿狭小(鉄銭)

前掲の広穿背小に似る
が、「永」の点と頭との間
隔が広く、ノ爪が長い、
「通」が縦長で、「寶」が
やや降る、足の下端が
郭の下辺に並び、「小」
の横幅が狭い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

333番2000円
小梅銭類

小梅手(鉄銭)

他の小梅手の諸銭に比
べて「寛」の見の爪が上
に反り、「永」の頭爪と フ
爪がやや長く、柱は仰ぐ。
「通」のチャク頭の俯し方
が急で、「寶」の後足が
内側に跳ねている。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

334番5000円
小梅銭類

小梅手仰寛

他の小梅手の諸銭にくらべ
て寛目が少し仰ぎ、「通」の
点が大きく、「寶」の冠が俯
している。内径が小さく、鋳
肌の粗い鉄銭は密鋳銭と
思われる。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

335番200円
小梅銭類

小梅手仰寛(背小郭)

背郭の小さいもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 寛永通寶図会

336番300円
小梅銭類

小梅手広穿

小梅手と当銭は、他の小
梅手諸銭より広穿である。
また、当銭は背郭が特に
大きい。他の小梅手類に
くらべて寛足が低く、「永」
の頭と フ頭との間隔がや
や狭い。「通」のコ頭が大
きく、点とコ頭の下画との
間隔が狭い。色調は白み
がかかったものが多い

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

337番2000円
小梅銭類

小梅手狭永

他の小梅手の諸銭にくらべ
て「永」の横幅が狭く、柱が
少し反る。「寶」の王の上
画、中画、下画がそれぞ
れ平行で、かつ真横を向
いている。色調が赤みがかかったものが多い。面の谷
が浅く、加島銭類に近似。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

338番500円
小梅銭類

小梅手大永

他の小梅手の諸銭にくら
べて「永」のノ画が長く、
「通」のチャク頭が、用の上
梁よりも昂がる。「寶」が
郭に対して上に偏り、か
つ少し俯す。なお、次掲
の小梅手大サ寛は、「永」
のノ画が長い点は当銭と
共通するものの、当銭の
方が フ爪が短い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

341番300円
小梅銭類

小梅手大サ寛


「大永大サ寛」とも。 他の
小梅手の諸銭にくらべて
「寛」のサの横引きが冠の
後垂れよりもわずかに右
側に出ており、「永」のノ画
が長ぃ。「寶」の尓の横引
きが後点より右へやや長
く延びている。なお、前掲
の小梅手大永も当銭と同
様、、「永」のノ画が長い
が、当銭の方が フ爪が
長い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

342番300円
小梅銭類

小梅手進冠小永

他の小梅手の諸銭にくら
べて「寛」の冠の前垂れ
と、サの横引き左端との
間隔が広く空く。
「通」のチャクの点と頭との
間隔が狭く、「寶」の王
の上画が短い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

343番300円
小梅銭類

小梅手仰永

他の小梅手の諸銭にくら
べて「永」の頭とフ頭とが
ともにやや仰ぎ、柱も少し
仰いでいる。「寶」の冠の
後垂れが長く、尓の前点
が縦向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

344番400円
日光銭類
日光銭類

元文2年(1737年)より
下野国日光にて鋳造開始
されたもの。
面文の特徴として、「寛」
の冠前垂れが長くやや
縦向きであり、また、「寶」
の貝の前足と後足の間隔
が狭いといった点が挙げ
られる。日光正字は、鋳造
不良(鋳溜まり、谷の凹み)
の母銭を修正または破棄
せず、そのまま使用したと
思われるものが多く見ら
れる。
日光銭類

日光正字

後掲の日光長字にくらべ
て面の谷はやや深く、寛
目が横長。「永」の肩が右
側に突き出し、「通」が少し
昂がり、「寶」の王や尓と、
貝との間隔がやや広い。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

345番400円
日光銭類

日光正字
(通下片千鳥)

「通」の下の谷に、掲載品
のような鋳溜まりが
あるもの。

元文2年(1737年
)
ハドソン 新寛永通寶図会

353番12000円
日光銭類

日光正字
(通下凹み)

「通」の下の谷に凹みが
あるもの。これも「凹千鳥」
と称されるが、形状が余り
にも千鳥紋からかけ離れ
ているので、あえて「凹み」
とした。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

357番3000円
日光銭類

日光正字(凹寶)

「寶」の貝の右側が、全体
に陰起する。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

359番1000円
日光銭類

長 字

前掲の日光正字とくらべ
て面の谷が少し浅い。「寛」の前足が長く、郭の左辺延
長線よりもわずかに左側に
出ている。また「永」の肩
が右側に突き出して
いない。色調が少し赤み
をおびるものが多い。

珍品であり、入手困難で
あった。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

360番50000円
元文期 亀戸銭類
元文期亀戸銭類

元文2年(1737年)より
江戸本所亀戸村で
鋳造開始とされるもの。→

→ 書風は元文期十万坪
銭類に類似する。色調は
赤茶系〜黒茶系であり、
元文期十万坪銭類の多く
など、他の元文期と
推定される多くの銭種
にくらべ、赤みの強いもの
が多い点が目立つ。
元文期亀戸銭類

亀戸大字 母銭

他の元文期亀戸銭類にくら
べて「寛」の見の前柱が上
梁より上へ延び、「永」の頭
がやや長く、寶目が縦長で
ある。また、当銭と次掲の
亀戸小字は、ともに「寶」の
前足の先が上に跳ねる
特徴を有する。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

361番30000円
元文期亀戸銭類

亀戸大字 通用銭

他の元文期亀戸銭類にくらべて「寛」の見の前柱が上
梁より上へ延び、「永」の頭がやや長く、寶目が縦長で
ある。また、当銭と次掲の
亀戸小字は、ともに「寶」の
前足の先が上に跳ねる
特徴を有する。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

361番100円
元文期亀戸銭類

亀戸小字

前掲の亀戸大字にくらべて
銭文がやや小さい。また、
他の元文期亀戸銭にくらべ
て「寛」冠後垂れが長く、
抱冠で、見の前足の先が
少し上方を向く、「永」の跳
ねがやや縦向きで、寶目
の横幅が広い。
色調は当銭のみ総じて
黒茶系である。

元文2年(1737年)

ハドソン 新寛永通寶図会

362番300円
元文期亀戸銭類

亀戸小字(陰起文)

亀戸小字は、銭文が部分
的に陰起しているものが
多いが、その中でも顕著な
例として参考までに掲げ
た。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通宝図会

366番500円
元文期亀戸銭類

亀戸狭穿

他の元文期亀戸銭にくらべ
て穿が狭く、「寛」の冠横引
きと、見の爪から下梁に
かけての部分とがともに
俯し、見の前足が短い。
「通」の用の跳ねが、ほぼ
真横を向き、「寶」の前足
の先が跳ねていない。

元文2年(1737年)

ハドソン 寛永通宝図会

367番200円
秋田銭類
秋田銭類

秋田では、元文3年
(1738年)より出羽国秋田
郡川尻村で鋳造を開始。
当時は民間請負が一般
的な中、藩の直営による
鋳銭であった。

収集界では、旧来より
「永」の末尾が跳ね上がる
(屈曲する)特徴を持つもの
を秋田銭に充当している。
全生産量は80万貫にも
上る。なお、通用銭が多く
存在する割には母銭が
少ない。
秋田大字

当銭と後掲の秋田大字降
水は、他の秋田銭にくらべ
て銭文がやや大きい。当銭
は秋田大字降水に似るが、
「永」の頭とフ頭との間隔が
やや狭く、「通」のチャク点の
上端が郭の上辺のほぼ延
長線上にあるといった点が
異なる。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

368番100円
秋田大字(次鋳)

内径、銭文径がともに小さ
い。内径は18.80o前後。
比較的輪幅が広めのもの
が多い。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

369番200円
秋田銭類

秋田大字降水

前掲の秋田大字に似る
が、「永」の頭とフ頭との間
隔がやや広く、「通」のチャク
点の上端が上辺の延長線
よりやや降りるといった点
が異なる。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

370番500円
秋田銭類

秋田中字

当銭は、後掲の秋田中字
降水に似るが、「寛」の見
の爪が長く、「永」の頭との
間隔が狭いといった点
が異なる。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

371番100円
秋田銭類

秋田中字(次鋳)

内径、銭文径がともに小
さい。通用銭の内径は
18.80o前後。
比較的輪幅が広めのもの
が多い。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

372番500円
秋田銭類

秋田中字降水

前掲の秋田中字に似る
が、「寛」の見の爪が短く、
見の股の間隔が広く、
「永」の頭とフ頭の間隔が
広いといった点が異なる。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

373番100円
秋田銭類

秋田中字降水(次鋳)

内径、銭文径がともに
小さい。通用銭の内径は
18.60o前後(掲載品)
のものと、
18.20o前後のものとが
あり、後者のほうが少な
い。比較的輪幅が広め
のものが多い。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

374番500円
秋田銭類

秋田小字

縮字かつ小字。直径もや
や小型、当銭と次掲の秋
田小字降寶は、他の秋田
銭類にくらべて銭文が小さ
く、(特に「寶」)、「寶」の
後足が内側に跳ねない。
当銭は秋田小字降宝に
くらべ「寶」が昂がる。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

375番1000円
秋田銭類

秋田小字降寶

前掲の秋田小字にくらべ
て「寶」の冠の前垂れが
長く、やや横向き。「永」の
頭が俯さず、フ頭が少し長
く、「通」か゜やや昂がる。
「寶」が降り、両足の下端
が、郭の下辺の延長線近
くに位置する。

元文3年(1738年)

ハドソン 新寛永通寶図会

376番1000円
加島銭類
加島銭類

元文4年(1739年)より
摂津国西成郡上中島加島
村で鋳造開始とされるもの。
銅銭と鉄銭とがある。
銅銭は、色調が赤茶系の
ものがほとんどで、小梅手
狭永に類似しているが、
加島銭類のほうが「寛」の
足が低く、「永」のフ画と柱
との間隔が広い点で区別
できる。        →
 → ただし、銭文が極めて
細かい点など、小梅手狭永
との共通点も多いので、
あるいは小梅手狭永と
同座の可能性も
考えられる。
加島銭類

細字 母銭

当銭は次掲の細字斜冠に
似るが、「寛」の冠横引き
が俯さず、見の後足と、
郭との間隔が狭い。
「永」のノ画がやや長く、少
し横向きである。「寶」の冠
が俯しておらず、尓の前
点、後点がともにやや縦向
きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

377番15000円
加島銭類

細字 通用銭

当銭は次掲の細字斜冠に
似るが、「寛」の冠横引き
が俯さず、見の後足と、
郭との間隔が狭い。
「永」のノ画がやや長く、少
し横向きである。「寶」の冠
が俯しておらず、尓の前
点、後点が、ともにやや縦向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

377番200円
加島銭類

細字斜冠

前掲の加島細字に似るが、
「寛」の冠とサ画の横引き
が少し俯し、見の後ろ足
と、郭との間隔が広い。
「永」のノ画がやや短く、少
し縦向きである。「寶」の冠
が俯し、尓の前点、後点が
ともにやや横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

380番500円
加島銭類

加島大字 母銭

書風や、浅彫りなど加島銅
銭類と共通するが、やや大
型である。当銭は文字の
一部が見えないようなもの
が多いが、鉄一文銭の中
では直径が大きいほうであ
る。銭文が小さく、細字で、
比較的輪幅が広い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

382番15000円
加島銭類

加島大字(鉄銭)

書風や、浅彫りなど加島銅
銭類と共通するが、やや大
型である。当銭は文字の
一部が見えないようなもの
が多いが、鉄一文銭の中
では直径が大きいほうであ
る。銭文が小さく、細字で、
比較的輪幅が広い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

382番800円
平野新田銭類
平野新田銭類

元文4年(1739年)より
江戸深川平野新田で
鋳造開始とされるもの。
当類は、俗に「白目銭」と
称される、色調が白系で
磁性が強いといった特徴を
持つもの(分類名に「白目」
を冠する)と、元文期十万
坪銭類の書風に類似した
十万坪手と称されるものと
で構成されている。 →
→この白目銭と十万坪手
とは、書風や平均的な
色調など特徴に隔たりが
あるので、現在の推定・
充当が正しいとすれば、
鋳造時期に差があるこ
とが考えられるが、鋳造
した銭座が異なる可能性
もある。
平野新田銭類

白目中字 母銭

後掲の白目小字にくらべ
て寛目が大きい。「永」の
フ肩と柱との間隔がやや
広く、柱の跳ねが横向き
であり、ノ爪が少し短い。
また、「通」のコ頭とチャク点
との間隔がやや広く、寶目
が横長である。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

384番300000円
平野新田銭類

白目中字 通用銭

後掲の白目小字にくらべ
て寛目が大きい。「永」の
フ肩と柱との間隔がやや
広く、柱の跳ねが横向き
であり、ノ爪が少し短い。
また、「通」のコ頭とチャク点
との間隔がやや広く、寶目
が横長である。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

384番2000円
平野新田銭類

白目中字(欠目寛)

「寛」の見の 二引きや下梁
が短く、後柱との間隔が
広く空き、冠の後肩が
鋳切れる。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

386番5000円
平野新田銭類

白目小字

前掲の白目中字にくらべ
て寛目が小さい。「永」の
フ肩と柱との間隔がやや
狭く、柱の跳ねが縦向き
で、ノ爪が少し長い。
また、「通」のコ頭とチャク点
との間隔がやや狭く、寶目
が縦長である。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

388番4000円
平野新田銭類

十万坪手 母銭

通称「平野新田十万坪
手」。前掲の元文期十万
坪銭類に類似するが、寛
目が横長で、見の前足上
部と前腰との間隔がやや
広く空き、「永」の跳ねの
角度がやや縦向き。「通」
のチャク肩と、用の前肩とが
ほぼ横に並び、用の跳ね
が横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

389番25000円
平野新田銭類

十万坪手 通用銭

通称「平野新田十万坪
手」。前掲の元文期十万
坪銭類に類似するが、寛
目が横長で、見の前足上
部と前腰との間隔がやや
広く空き、「永」の跳ねの
角度がやや縦向き。「通」
のチャク肩と、用の前肩とが
ほぼ横に並び、用の跳ね
が横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

389番100円
平野新田銭類

十万坪手 通用銭
白銅質

通称「平野新田十万坪
手」。前掲の元文期十万
坪銭類に類似するが、寛
目が横長で、見の前足上
部と前腰との間隔がやや
広く空き、「永」の跳ねの
角度がやや縦向き。「通」
のチャク肩と、用の前肩とが
ほぼ横に並び、用の跳ね
が横向きである。
通用銭に白銅質がある。
通用銭の白銅質の存在
数の割合は約30%程度。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

389番2000円
平野新田銭類

十万坪手(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

390番100円
平野新田銭類

十万坪手(次鋳)

内径、銭文径がともに小さ
いもの。
内径は17.90o程度。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

391番300円
押上銭類
押上銭類

元文4年(1739年)より
江戸本所押上村(柳島
村)で鋳造開始とされる
もの。
通用銭は鉄銭。

書風は小梅銭類に類似す
るが、難波銭類と同様、
「永」のフ撓の先端が上へ
跳ね上がる特徴を
持つ。       →
→その鋳造地に関しては、
江戸期より柳島村と押上村
との表記に分かれ、定か
ではない。
このように2説が存在す
るのは、押上村内にあっ
た柳島村の飛地付近に
銭座があったことによるら
しい。ここでは、現在一般
的に使用されている押上
銭の名称を使用する。
押上銭類

押上大字 母銭

鉄一文銭の中では直径が
大きい方。輪幅も広め
で、「寛」の冠の横幅が広
いのが目立つ。次掲の
押上大字小王寶(未入
手)に類似するが、「寶」の
王が大きく、貝の後柱が
尓の柱の真下に位置す
る。「寛」の前足の角度が
少し横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

394番25000円
押上銭類

押上大字 通用銭(鉄銭)

鉄一文銭の中では直径が
大きい方。輪幅も広め
で、「寛」の冠の横幅が広
いのが目立つ。次掲の
押上大字小王寶(未入
手)に類似するが、「寶」の
王が大きく、貝の後柱が
尓の柱の真下に位置す
る。「寛」の前足の角度が
少し横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

394番2000円
押上銭類

押上小字 母銭

他の押上銭類に比較する
と、銭文が小さく、少し肥字
である。 「永」のフ撓
先端の跳ねがやや横向き
になり、「寶」の両足が、貝
の下梁ののほぼ中央より
分岐し、前足が短く、後足
はかなり横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

396番15000円
押上銭類

押上小字 通用銭(鉄銭)

他の押上銭類に比較する
と、銭文が小さく、少し肥字
である。 「永」のフ撓
先端の跳ねがやや横向き
になり、「寶」の両足が、貝
の下梁ののほぼ中央より
分岐し、前足が短く、後足
はかなり横向きである。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

396番12000円
藤沢・吉田銭類
藤沢・吉田銭類

元文4年(1739年)より
相模国足柄郡藤沢村
及び吉田村で鋳造開始と
されるもの。      →
→ 当類は縮字と異永の
2種類に大別されるが、
双方とも「寛」の見の
爪が長い点など、
元文期十万坪銭の書風
に似通っている。しかし、
それぞれの項で後述する
ように、特異な特徴を有
しているため、判別は
容易である。
藤沢・吉田銭類

縮字  母銭

郭の大きさに対して面文が
極端に小さく、「寶」の冠横
引きが俯している。また、
寛目が小さい、見の爪が
長い、冠の前垂れが長い、
永点、通点がともに草点で
あるといった、元文期とさ
れる諸銭に多く見られる
特徴を有する。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

397番25000円
藤沢・吉田銭類

縮字 通用銭

郭の大きさに対して面文が
極端に小さく、「寶」の冠横
引きが俯している。また、
寛目が小さい、見の爪が
長い、冠の前垂れが長い、
永点、通点がともに草点で
あるといった、元文期とさ
れる諸銭に多く見られる
特徴を有する。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

397番100円
藤沢・吉田銭類

縮字(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

398番100円
藤沢・吉田銭類

縮字(次鋳)

内径、銭文径いずれも
小さい。
内径は18.00o程度。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

399番1000円
藤沢・吉田銭類

異永

「永」のフ頭が著しく仰いで
いる。そのため、フ画、ノ
画、末画の部分が、どこと
なく社殿の千木(ちぎ)のよ
うに見えることから「千木
永」と称される。また、「通」
のチャクの折頭がチャク頭よ
りも左側へ突き出す特徴
を有する。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

400番800円
藤沢・吉田銭類

異永(短尾永)

「異永短尾永」ともいう。

「永」の末尾が少し短い。

元文4年(1739年)

ハドソン 新寛永通寶図会

401番1000円
小名木川銭類
小名木川銭類

元文5年(1740年)より
江戸深川小名木川で
鋳造開始とされるもの。
通用銭は鉄銭。

書風は
小梅銭類に類似するが、
輪に「川」字の極印が打た
れている。      →
→  書風は小梅銭類に
類似するが、輪に「川」字
の極印が打たれている。

背に「川」字が鋳出されて
いる背川(未入手)は、
母銭に準じた製作のもの
のみ存在し、銭座の
見本銭かあるいは
試作的なものと
考えられている。
小名木川銭類

輪両川(鉄銭)

「通」上、「寶」上の輪に
「川」の極印がある。「通」
上の極印は鋳込、「寶」上の刻印は後打。輪片側(未
入手)の極印が不明瞭な
ことから、輪片側母銭の
「寶」上の輪に「川」極印
を打ったと見られる。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

404番1000円
小名木川銭類

輪並川(鉄銭)

前掲の輪両川に比べ輪幅
が細く、大字。極印は後打
であり、輪両川と同様に
「通」上、「寶」上の輪に極
打たれる。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

405番5000円
小名木川銭類

輪筋違川(鉄銭)

輪並川と同種であるが、
極印の位置が異なるもの。
「寶」上と「通」下に「川」極
印が打たれる。鉄銭の存
在数からから推定して、
輪両川から輪並川へ変更
後まもなく、この輪筋違川
のように極印の位置を変
更したのでなかろうか。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

406番2000円
小名木川銭類

輪筋違川(無印)(鉄銭)

輪並川、輪筋違川と同種
であるが。「川」極印が無
いもの。母銭が発見され
ていないが、現物を見る
限りでは極印の痕跡は
確認されていない。存在
数が少ないことから、単
なるエラー(極印の打ち漏
れ)であることも考え、こ
こではあえて独立させ
ず、輪筋違川の細分類
という形をとった。

元文5年(1740年
)
ハドソン 新寛永通寶図会

408番30000円
俗称紀伊 一之瀬銭類
俗称紀伊一之瀬銭類

元文期初鋳と推定。
鋳地不明。
紀伊一之瀬銭の名称は、
藤原貞幹編『寛永銭譜』
の写本の一書に、宝暦
3年(1750年)に紀州一
の瀬でこれを鋳たという
書入れがあったことに始ま
るらしい。       →
→  以後、三上香哉
によって、『若山鋳銭録』
の記録に推定・充当する
説が発表され、現在の
分類はこの説に概ね準拠
した形になっている。

いずれにせよ、現在のとこ
ろは不明とすべきである。
俗称紀伊一之瀬銭類

高寛無背(銅銭)

後掲の低寛背一にくらべ
て寛足が高く、「寛」の冠
前垂れがやや横向き。
「通」のチャク肩と用の前肩
とがほぼ横に並び、「寶」
の尓の前点が縦向きで
ある。
背に「一」の字が鋳出さ
れていない。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

415番15000円
俗称紀伊一之瀬銭類

低寛背一(銅銭)

前掲の高寛無背にくらべ
て、寛足が低く、「寛」の
冠前垂れやや縦向き。
「通」の用の前肩に対し
てチャク肩が降り、「寶」の
尓の前点が横向きで
ある。
背に「一」の字が鋳出さ
れている。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

416番8000円
俗称紀伊一之瀬銭類

低寛無背(銅銭)

面文の特徴は前掲の
低寛背一と同一だが、
背に「一」の字が鋳出さ
れていない。

元文5年(1740年)

ハドソ 新寛永通寶図会

417番2000円
俗称紀伊一之瀬銭類

狭穿(鉄銭)

前掲の高寛無背や低寛
無背よりはやや狭穿で
あるが、他の鉄一文銭の
諸銭にくらべると狭穿で
はない。
次掲の狭穿進永とともに
「通」のコ頭が高く、「寶」
の後足がやや横向きで
あるのが特徴。当銭は、
狭穿進永にくらべて
「永」の柱が退き、柱が
郭の中央のほぼ真下に
位置する。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

418番8000円
俗称紀伊一之瀬銭類

狭穿進永(鉄銭)

通称、「進永」。
前掲の狭穿とくらべて
「永」の柱が進み、郭の
中央よりやや左側に
位置する。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

419番15000円
俗称紀伊一之瀬銭類

鋳込丸一大貝寶(鉄銭)

「通」上、「寶」上の輪に、
丸の中に「一」の字を記し
た極印があるもの。極印
は鋳込。
他の丸一極印の諸銭にく
らべて「寛」の冠の前垂
れが少し縦向きであり、
寛目の横幅が広い。
また、鋳込丸一中の中で
は、「通」のコ頭と内輪と
の間隔が少し広い。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

421番2000円
俗称紀伊一之瀬銭類

鋳込丸一中貝寶(鉄銭)

他の丸一極印の諸銭に
くらべて、「寛」の冠の横
幅が広く、後肩が末尾の
ほぼ真上に位置して
いる。
鋳込丸一大寛(未入手)
とは、「通」のコ頭が少し
大きい、「永」のフ肩と柱
との間隔が狭い、寶目
の横幅が少し広いといっ
た点が異なる。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

422番10000円
俗称紀伊一之瀬銭類

後打丸一長通(鉄銭)

前掲の鋳込丸一の諸銭と
同様、
「通」上と「寶」上の輪に極
印があるが、後打である
ため打刻の位置や角度は
一定でない。 他の丸一極
印の諸銭にくらべて、
「寛」が郭に対して左に
偏り、少し縦長に見える。
また、「寶」が少し昂がり、
冠の後肩が郭の上辺の
延長線より上に出ている。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

424番2000円
俗称紀伊一之瀬銭類

長通無印(鉄銭)

面文の特徴は後打丸一
長通と同一であるが、
極印のないもの。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

425番2500円
俗称紀伊一之瀬銭類

後打丸一短通(鉄銭)

他の丸一極印の諸銭と
くらべて寛目が小さい。
「通」がやや縦に短く、
コ頭が高い。

元文5年(1740年)

ハドソン 新寛永通寶図会

426番2000円
元文期 推定鋳地不明銭類
元文期推定鋳地不明銭類

ここに掲載された諸銭は、
現在、鋳造地の推定がな
されていないもので、
一括して「不知銭」または
「未勘銭」などと称されて
いる。          →
→ 便宜上の処置として、
鋳造地に関して旧説のあ
るものは、その鋳造地名
を分類名に冠した。
元文期推定鋳地不明銭類

伏見手

書風から、不旧手に属す。
色調は横大路銭や伏見
銭に類似して白系〜黒茶
系で、磁性が強い。特徴
は退永に似るが、[永」の
頭とフ頭の間隔が広く、
俯す角度も緩やかである。
また、伏見銭と同様、「通」
の用の上梁が前肩から
少し離れる特徴が見ら
れる。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

429番9000円
元文期推定鋳地不明銭類

延尾永

「永」のフ撓にくらべて末尾
が長い特徴をもつ。また、
「寶」の後足が内側に跳
ね、尓の前点と柱との間
隔にくらべて、後点と柱と
の間隔が広く空く。
色調はおおむね赤茶系。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

432番300円
元文期推定鋳地不明銭類

延尾永(削用通)

「通」の用画の後柱上部が
鋳切れる。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

433番500円
元文期推定鋳地不明銭類

延尾永小字

前掲の延尾永同様、末尾
が長い特徴をもつが、延
尾永にくらべ銭文がやや
小さく、「永」の頭とフ頭と
の間隔が狭く、「寶」の冠
点が横引きから離れて
いる。色調はおおむね黒
茶系で、延尾永とは
異なる。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

435番6000円
元文期推定鋳地不明銭類

清水短通

銭文は小さめで、「通」が
縦に短く、郭に対して
上に偏っている。また、
「通」が縦長で、郭の左
辺の長さとほぼ同じで
あり、冠横引きが俯し、
後足が内側に跳ねて
いる。
チャクの折頭に丸い瘤が
ある。色調はおおむね
赤茶系。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

436番300円
元文期推定鋳地不明銭類

鳥取小字

通称「細字跳足寶」。
浅彫りで、面文は小さく、
面文と郭との間隔が比
較的広く空く。「永」の柱
が、郭の下辺中央より
少し退き、「寶」の後足が
内側に跳ねる。色調は
黄系〜白系のものが多
いが、黒茶系のものも
ある。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

440番3000円
元文期推定鋳地不明銭類

鳥取小字(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。掲載品程度の
輪幅のものが多く存在
する。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

441番1500円
元文期推定鋳地不明銭類

中の島繊字(鉄銭)

「通」のチャク点が草点で
チャク頭と連なることや、
「永」の点が草点で頭と
連なることなど、後掲の
中の島長尾寛(未入手)
と同じである。
しかし、当銭は浅彫りで
あり、「寛」の見の爪が
短く、後足と郭の間隔が
やや広いなどの相違が
見られる。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

443番1000円
元文期推定鋳地不明銭類

中の島虎の尾寛 母銭

前掲の旧称中の島銭の
諸銭にくらべると少し肥字
である。「寛」の末尾が
長く、うねっており、虎
の尾のような形状となる。
また、「永」の点が柱に対
して進み、柱がやや
仰ぐ、「通」と「寶」とが郭に
対して上に偏っているな
どの特徴が見られる。

当母銭を雑銭から拾った
時は感激した。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

445番30000円
元文期推定鋳地不明銭類

中の島虎の尾寛
通用銭(鉄銭)

前掲の旧称中の島銭の
諸銭にくらべると少し肥字
である。「寛」の末尾が
長く、うねっており、虎
の尾のような形状となる。
また、「永」の点が柱に対
して進み、柱がやや
仰ぐ、「通」と「寶」とが郭に
対して上に偏っているな
どの特徴が見られる。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

445番2000円
元文期推定鋳地不明銭類

加島内跳寛濶永 母銭

前掲の旧称中の島銭の
諸銭と同様、背郭が大き
めだが、やや肥字である。
寛足や、寶足の股が狭く、
「寶」の後足がやや内側
に跳ねる。当銭は、次掲
の加島内跳寛縮永にくら
べて、「永」の柱が長い。
「通」の用がやや郭側に
寄り。内輪との間隔が広
く空く。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

446番15000円
元文期推定鋳地不明銭類

加島内跳寛濶永
通用銭(鉄銭)

前掲の旧称中の島銭の
諸銭と同様、背郭が大き
めだが、やや肥字である。
寛足や、寶足の股が狭く、
「寶」の後足がやや内側
に跳ねる。当銭は、次掲
の加島内跳寛縮永にくら
べて、「永」の柱が長い。
「通」の用がやや郭側に
寄り。内輪との間隔が広
く空く。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

446番500円
元文期推定鋳地不明銭類

加島内跳寛縮永 母銭

前掲の加島内跳寛濶永
にくらべて寛見が少し大
きい。「永」の柱が短く、
柱の下端と内輪の間隔
がやや広く、「通」の用と
内輪との間隔が狭い。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

447番15000円
元文期推定鋳地不明銭類

加島内跳寛縮永
通用銭(鉄銭)

前掲の加島内跳寛濶永
にくらべて寛見が少し大
きい。「永」の柱が短く、
柱の下端と内輪の間隔
がやや広く、「通」の用と
内輪との間隔が狭い。

元文期(1736年〜)

ハドソン 新寛永通寶図会

447番500円