高津背元銭類
高津背元銭類

寛保元年(1741年)より大阪
高津新地にて鋳造開始。
高津新地の銭座は、大阪の
銅座が請け負った銭座である。

背元銭の「元」の字は初鋳の
年である寛保元年に因んだ
ものと解釈されている。
背元銭は、総じて直径の
大小の差(ばらつき)が著し
い、特に小型軽量のものが多
く存在する。
やや白みを帯びた黒茶系の
色調のものが多く、通用銭
は磁性が強い。
細字背元

他の背元銭にくらべて文字が
細く、太さが平均している。
また、「寛」や「永」が横長で、
「寶」の冠横引きが付俯して
いる。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

453番2000円
高津背元銭類

細字背元(磨輪) 母銭

直径が小さく、輪幅が細い
もの。当銭は母銭であり、
磨輪でも、通用銭ほど、
直径が小さく、輪幅の細い
ものには見えない。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

454番12000円
高津背元銭類
細字背元(磨輪)
通用銭

直径が小さく、輪幅の
細いもの。
この磨輪の通用銭は掲載銭
程度のものが多く存在する。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

454番100円
高津背元銭類

小字背元 母銭

他の背元銭にくらべて面文
が小さく、特に「通」の小さ
いのが目立つ。また、「永」の
ノ爪が少し長く、ノ爪の上端
と郭との間隔が狭い。なお、
当銭は、直径のばらつきが
比較的小さい。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

455番15000円
高津背元銭類

小字背元 通用銭

他の背元銭にくらべて面文
が小さく、特に「通」の小さ
いのが目立つ。また、「永」の
ノ爪が少し長く、ノ爪の上端
と郭との間隔が狭い。なお、
当銭は、直径のばらつきが
比較的小さい。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

455番100円
高津背元銭類

狭通背元

当銭と次掲の狭通背肥元、
接郭寶背元は、
他の背元銭にくらべてやや面
郭が小さく、狭穿で、「寶」の
縦の郭の左辺との幅がほぼ
等しくなる。当銭は、この3種
の中では、「通」の揮部と用
の前柱との間隔が狭く、寶目
の横幅が狭い。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

458番800円
高津背元銭類

狭通背元(磨輪)

直径が小さく、輪幅が細いも
の。掲載品程度の輪幅のも
のが多く存在する。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

459番500円
高津背元銭類

狭通背肥元

前掲の狭通背元や後掲の接
郭寶背元にくらべて「寛」が
大きく、末尾が郭の右辺延長
線近くに位置する。また、
「永」のフ肩と柱との間隔が
やや広く、「元」が大きく、肥字
である。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

460番1200円
高津背元銭類

狭通背肥元(磨輪)

直径が小さく、輪幅の
細いもの。
掲載品程度の輪幅のもの
が多く存在する。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

461番800円
高津背元銭類

接郭寶背元

前掲の狭通背元や接郭寶背
元にくらべて「通」のコ頭と用
との間隔が著しく狭い、
「寶」の尓の後点と郭の間隔
が著しく狭く、貝の爪が長く、
前足が後足より長い。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

462番600円
高津背元銭類

接郭寶背元(磨輪) 母銭

直径が小さく、輪幅の
細いもの。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

463番30000円
高津背元銭類

接郭寶背元(磨輪) 通用銭

直径が小さく、輪幅の
細いもの。
掲載品程度の輪幅のもの
が多く存在する。

寛保元年年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

463番200円
足尾背足銭類
足尾背足銭類

寛保元年(1741年)より下野
国阿蘇郡足尾村で鋳造
開始。

背に足尾の「足」の字が鋳出
される。前掲の背元銭同様、
直径、重量にばらつきが
大きい。
この足尾における
鋳銭は、経営不振に陥った
足尾銅山の救済を目的と
したものだった。
足尾背足銭類

大字背足

後掲の小字背足にくらべて
銭文が大きい。「永」の肩が
右に少し突き出し、ノ爪がや
や横向き。「寶」の王や尓、目
の部分が特に大きい。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

464番600円
足尾背足銭類

大字背足(磨輪)

直径が小さく、輪幅が細い
もの。
掲載品程度の輪幅の
ものが多く存在する。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

465番200円
足尾背足銭類

大字背足(次鋳)

内径、銭文径ともに小さい。
通用銭の内径は、
17.75o前後。なお、掲載品
程度の輪幅のものが多く
存在する。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

466番200円
足尾背足銭類

大字背足(陰起文)

銭文は四文字とも
陰起するもの。陰起の
箇所は必ずしも
一定しない。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

467番500円
足尾背足銭類

小字背足

前掲の大字背足にくらべて
銭文が小さく、「寛」の末尾と
郭の右辺の延長線との間隔
が少し広い。「永」のノ爪、
「寶」の後足がいずれも縦向き
である。

寛保元年(1741年)

ハドソン 新寛永通寶図会

468番300円
亀戸鉄銭類
亀戸鉄銭類

明和2年(1765年)より江戸
本所亀戸村で鋳造開始。
この明和2年から、銭座は
すべて金座兼帯とする
鋳銭定座制が施行される。

独特の書風で、古寛永のよう
にス貝寶の特徴を持つ。「寛」
の足がほぼ同じ位置から分
岐し、前足が長く、少し右上の
方向に延びている。
亀戸鉄銭類

亀戸大様

後掲する亀戸小様の2種にく
らべて平均的な直径が大きく、
銭文が肥字。「寛」がやや縦長
である。次掲の亀戸大様降通
似るが、「寛」の冠前垂れが少
し短く、「寶」の冠横引きと郭の
上辺の延長線との間隔がやや
広い。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

470番1000円
亀戸鉄銭類

亀戸大様降通

前掲の亀戸大様に類似し
ているが、「寛」の冠前垂
れが少し長く、前垂れの下
端がサ画の横引きの延長
線よりも下に位置する。
「通」の用の後肩と内輪との
間隔がやや広く、後柱下端
と内輪との間隔は狭い。
また、「寶」の冠横引きと
郭の上辺の延長線との
間隔がやや狭い。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

471番3000円
亀戸鉄銭類

亀戸小様  母銭

前掲の亀戸小様降通にくらべ
て「寛」の冠前垂れが少し横向
きで、「通」が郭に対してわずか
に上に偏る。後掲の小菅銭と
面文の特徴は同一だが、当銭
は、わずかに背の内径が小さ
く、郭が大きいので、郭の角と
内輪との間隔が狭い。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

472番15000円
亀戸鉄銭類

亀戸小様(鉄銭)通用銭

前掲の亀戸小様降通にくらべ
て「寛」の冠前垂れが少し横向
きで、「通」が郭に対してわずか
に上に偏る。後掲の小菅銭と
面文の特徴は同一だが、当銭
は、わずかに背の内径が小さ
く、郭が大きいので、郭の角と
内輪との間隔が狭い。
通用銭は鉄の黒みが強いが、
状態の悪いものでは判別は
難しい。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

472番100円
亀戸鉄銭類

亀戸小様降通 母銭

「小様平永」ともいう。前掲の
亀戸小様にくらべて「寛」の
冠前垂れが少し縦向きで、
「永」の頭と郭の下辺との間
隔がやや広く、末画が少し
横向き。「通」がわずかに
降り、折尾が、郭の下辺の
延長線近くに位置する。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

474番13000円
亀戸鉄銭類

亀戸小様降通(鉄銭)

「小様平永」ともいう。前掲の
亀戸小様にくらべて「寛」の
冠前垂れが少し縦向きで、
「永」の頭と郭の下辺との間
隔がやや広く、末画が少し
横向き。「通」がわずかに
降り、折尾が、郭の下辺の
延長線近くに位置する。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

474番100円
亀戸鉄銭類

亀戸小様降通(磨輪)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

475番300円
亀戸四年銭類
亀戸四年銭類(銅銭)

明和4年(1767年)より江戸
本所亀戸村で鋳造開始。

白系の色調(やや黒ずんだも
のもある)で、鉄銭のような
堅そうな質感を呈し、磁性の
強いのが特徴である。
面文の特徴としては、「寛」
の前足の先がわずかに上
に持ち上がり、「通」のチャクの
中折れに丸みがなく、少し
尖った形状であることなどが
挙げられる。
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭大様

当銭と次掲の大様狭足寛は、
直径に対して、銭穿が狭く、
「寶」と郭との間隔がやや
広い。当銭は、大様狭足寛
と酷似しているが、「寛」の跳
ねと後柱との間隔が広く、
跳ねが郭の右辺の延長線近
くに位置している点が
異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

477番3000円
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭大様狭足寛

前掲の四年銭大様と酷似して
いるが、「寛」の跳ねと後柱と
の間隔が狭く、「永」の柱が
わずかに俯している点が
異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

478番3000円
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭中様

当銭と次掲の中様広貝寶
は、前掲の大様2種にくら
べて広穿で、やや小型。
当銭は、中様広貝寶と酷似
しているが、「永」の跳ねが
短く、「寶」の冠前垂れと王の
間隔や、寶目の横幅が少し
狭い点が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

479番3000円
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭中様広貝寶

前掲の中様と酷似している
が、「寶」の冠前垂れと王の
間隔や、寶目の横幅が少し
広い点が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

480番3000円
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭小様

当銭と次掲の小様降通は、
前掲の中様2種よりもさらに
小型で、内径や銭文も
小さい。
当銭は、小様降通にくらべて
「通」が昂がり、チャクの折頭と
郭の下辺の延長線との間隔
がやや広く「寶」の冠前垂れ
と王との間隔が少し狭い点
が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

481番500円
亀戸四年銭類(銅銭)

四年銭小様降通

前掲の小様にくらべて「通」
が降り、チャクの折頭と郭の
下辺の延長線との間隔が
がやや狭く「寶」の冠前垂れ
と王との間隔が少し広い点
が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

482番500円
飯田銭類
飯田銭類

明和2年(1765年)より甲斐国
北山筋飯田村で鋳造が開始
とされている。

通用銭は鉄銭。
書風は、俗称紀伊一之瀬銭類
の丸一極印系の各種と類似
しており、「通」の揮部が直線
的に折れ曲がる特徴を
有する。
飯田銭類

大字玉点寶 (鉄銭)

「寶」の冠点が寶珠形である
ところから、玉点寶と称される。
次掲の小字玉点寶(未入手)
にくらべて銭文がやや大きく、
「永」のノ画が少し長く、やや
横向き。「寶」の冠点が
小さく、冠の位置が少し
昂がる。

明和2年(1765年)

ハドソン 新寛永通寶図会

483番2000円
背長銭類
長崎背長銭類

明和4年(1767年)より肥前
国長崎浦上渕掛り稲佐郷で
鋳造開始。

通用銭は、やや黒ずんだ白系
の色調のものが多く、磁性が
強い。また、鋳肌が粗いもの
が多く、文字の明瞭なものが
少ない。         →
→  面文の特徴としては、
「寛」字と「永」字が縦長であ
ることや、
「寛」の見の爪がなく前足が
短いこと、「寶」の足が短い
ことなどが挙げられる。特に
背文の不明瞭なものが多い
ので、分類の際には以上の
ような点に留意すると分類
しやすい。
長崎背長銭類

背長 母銭

背に「長」の字を鋳出す。
銅色は通用銭よりは黄色
を帯びている。

鋳肌は母銭であっても
やや粗い。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

486番80000円
長崎背長銭類

背長 通用銭

背に「長」の字を鋳出す。
鋳肌が粗く、面背ともに
銭文不明瞭なものがほとんど
である。また厚さ(量目)の
ばらつきが大きく、薄手のも
のは次鋳したような銭文
不明瞭なものがほとんど
である。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

486番300円
長崎背長銭類

背長 通用銭(薄肉)

内径がやや小さく、厚みが
0.8o前後の薄手のもの。
内径が一定でないことや、
銭文径は基本体と変わらず、
谷が浅くなっていることから、
次鋳ではなく摩滅して輪が
へたった母銭から鋳造され
たものと見られる。多く存在す
るので、軽量化のため意図的
に母銭を摩滅させた可能性も
ある。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

487番300円
伏見鉄銭類
伏見鉄銭類

明和4年(1767年)より山城
国伏見西浜で鋳造開始。

通用銭は鉄銭。 →
→ 「寛」の前足が長く、
先端が
やや上方に持ち上がり、
「通」のチャクの揮部が著しく
うねるなど、亀戸鉄銭類に
類似するが、当類はハ貝寶
である点が異なる。
る点が
伏見鉄銭類

伏見正字 母銭

次掲の伏見平永と酷似する
が、「永」のノ画がやややや
縦向きである点が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

488番15000円
伏見鉄銭類

伏見正字(鉄銭)

次掲の伏見平永と酷似する
が、「永」のノ画がやややや
縦向きである点が異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

488番100円
伏見鉄銭類

伏見平永 母銭

前掲の伏見正字と酷似
するが、「永」のノ画が
やや横向きで、寶目がわず
かに仰いでいる点が
異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

489番15000円
伏見鉄銭類

伏見平永 通用銭

伏見鉄銭類と
酷似するが、「永」のノ画が
やや横向きで、寶目がわず
かに仰いでいる点が
異なる。

明和4年(1767年)

ハドソン 新寛永通寶図会

489番100円
久慈背久銭類
久慈背久銭類

明和5年(1768年)より常陸
国久慈郡太田村木崎で鋳造
開始。
通用銭は鉄銭。面文は同時
期に鋳造が開始されたと見ら
れる背千銭に類似している
が、背久銭はマ頭通である
点が異なる。当類の一部の
銭種には、直径のばらつき
が顕著に見られる。
久慈背久銭類

大字広久(鉄銭)

他の背久銭にくらべ「寛」の冠
や寛目の横幅が広い。特に次
掲の小字背久に似るが、「通」
のマ頭の横引きが俯し、「寶」
の後足が少し縦向きでわずか
に長い、「久」の横幅が広いと
いった点が異なる。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

490番5000円
久慈背久銭類

小字背久(鉄銭)

当銭は大字広久に似るが、
銭文が少し小さい点、、「寛」
の冠の横幅が広狭く、寛目
が小さい点が異なる。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

492番1000円
久慈背久銭類

小字背久(磨輪)(鉄銭)

直径が小さく、輪幅が細いもの。
輪幅が細いものは、輪幅の広
いものに比較して文字が大き
いと錯覚しやすく、大字と間違
いやすいので注意が必要。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

493番500円
久慈背久銭類

大郭背久 母銭

通称「広穿狭久」。
「小字背久進貝寶」、
「小字背小久」とも。当銭と次
掲の大郭広久は、他の背久
銭にくらべて郭が大きい。
当銭は大郭広久にくらべて
「寛」の前足の先と郭の左上
の角との間隔が広く、「永」の
ノ画が短く、「久」の横幅が
狭い。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

496番15000円
久慈背久銭類

大郭背久(鉄銭)

通称「広穿狭久」。
「小字背久進貝寶」、
「小字背小久」とも。当銭と次
掲の大郭広久は、他の背久
銭にくらべて郭が大きい
(通用銭の場合、面郭で0.4o
程度大きい)。当銭は大郭広
久にくらべて「寛」の前足の先
と郭の左上の角との間隔が
広く、「永」のノ画が短く、「久」
の横幅が狭い。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

496番100円
久慈背久銭類

大郭背久(細郭)(鉄銭)

郭幅が細いもの。ただし、こ
れは穿内の仕上げの差によ
る郭幅のばらつきの一例で
ある。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

497番100円
久慈背久銭類

大郭広久 母銭

通称「広穿背久」。「小字背
小久新貝寶」とも。前掲の大
郭背久にくらべて「寛」の前
足の先と郭の左上の角との
間隔が狭い。「永」のノ画が
長く、「寶」の前足がやや横向
きで、寶目が進み、後柱と郭
との間隔が少し広い。また、
「久」の横幅が広い。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

498番15000円
久慈背久銭類

大郭広久(鉄銭)

通称「広穿背久」。「小字背
小久新貝寶」とも。前掲の大
郭背久にくらべて「寛」の前
足の先と郭の左上の角との
間隔が狭い。「永」のノ画が
長く、「寶」の前足がやや横向
きで、寶目が進み、後柱と郭
との間隔が少し広い。また、
「久」の横幅が広い。

明和5年(1768年)

ハドソン 新寛永通寶図会

498番200円
久慈背久二銭類
久慈背久二銭類

安永3年(1856年)より常陸
国久慈郡太田村木崎で鋳造
開始。通用銭は鉄銭。
背郭の上に「久」、下に「二」
の文字を鋳出している。 →
→  久二の「二」字は、
資料によれば、久慈郡におけ
る2度目の鋳銭ということに
因んだらしい。
背久銭にくらべるといく
ぶん曲線的な書風で、特に
「永」の末画の角度がやや
横向きになり、湾曲する点が
異なる。
久慈背久二銭類

背久二(磨輪) 母銭

後掲の背久二爪寛にくらべて
「寛」の見の爪がなく、「永」の
フ頭が長く、「通」のマ頭が小
さい。また、寛目や寶目が
小さい。
当銭は、磨輪なので直径が
小さく、輪幅が狭くなっている。

安永3年(1856年)

ハドソン 新寛永通寶図会

501番20000円
久慈背久二銭類

背久二(磨輪)(鉄銭) 通用銭

後掲の背久二爪寛にくらべて
「寛」の見の爪がなく、「永」の
フ頭が長く、「通」のマ頭が小
さい。また、寛目や寶目が
小さい。
当銭は、磨輪なので直径が
小さく、輪幅が狭くなっている。

安永3年(1856年)

ハドソン 新寛永通寶図会

501番200円
久慈背久二銭類

背久二爪寛 母銭

前掲の背久二に似ているが、
「寛」の見画に爪があり、
寛目が大きい点が異なる。

安永3年(1856年)

ハドソン 新寛永通寶図会

502番10000円
久慈背久二銭類

背久二爪寛(鉄銭)

前掲の背久二に似ているが、
「寛」の見画に爪があり、
寛目が大きい点が異なる。

安永3年(1856年)

ハドソン 新寛永通寶図会
ハドソン寛永通宝図会

502番200円
洲崎銭類
洲崎銭類

天保6年(1835年)より江戸
深川州崎で鋳造開始。
通用銭は鉄銭。
州崎銭は、「寛」のサが「十」
の字になるという特徴から
十字寛と称されている。
偽造鉄銭が横行している
ので、「寛」の字体を変え、
仙台銭(仙台通寶)とともに
旧鉄銭を回収する、といった
内容の布令が、天保7年
(1836年)8月に出されてお
り、十字寛はその際に鋳造さ
れたものと考えられておる。
洲崎銭類

十字寛(鉄銭)

「寛」のサ画が「十」になって
いる。通頭はマ頭。また、
チャクの折尾が屈曲する
特徴を持つ。

天保6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

505番1000円
小菅銭類/水戸背ト銭類
小菅銭類

安政6年(1835年)より武蔵
国足達郡小菅村で鋳造
開始。通用銭は鉄銭。
亀戸鉄銭類の亀戸小様の
彫母または原母をもとに母銭
を製作したと思われ、面文
の特徴は同一である。
ただし、背が若干加工され、
わずかに背の内径が大
きく、郭が小さいので、郭の
角と内輪の間隔が少し広い
という特徴が見られる。 →
→ また、通用銭は亀戸鉄銭
よりも鉄の黒みが若干少ない
が、状態の悪いものでは判別
は難しい。
なお、小菅銭類の
母銭は厚みと製作がやや異
なる2種(厚肉、薄肉)に分れ
られる。
通用銭類も、厚手で輪側の
角がかっちりしたものと、
薄手で輪側がわずかに
丸みがあるものが見られる。
と製作が、、
小菅銭類

小菅厚肉 母銭

比較的厚手のもの。母銭は
面背の砥石仕上げがなされ
ず、輪や郭または銭文などの
凸部に鋳肌を確認できる。
輪側に抜け勾配がつけられ、
角がかっちりとしている。

安政6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

507番8000円
小菅銭類

小菅厚肉(鉄銭)
通用銭

比較的厚手のもの。母銭は
面背の砥石仕上げがなされ
ず、輪や郭または銭文などの
凸部に鋳肌を確認できる。

しかし、鉄の通用銭ではこれ
を確認することはできない。

安政6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

507番100円
小菅銭類

小菅厚肉(細郭)(鉄銭)

郭幅が細いもの。ただし、こ
れは穿内の仕上げの加減に
よって単に郭幅が細くなった
ものであるので、参考までに
掲げた。

安政6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

508番100円
小菅銭類

小菅薄肉 母銭

比較的薄いのもの。母銭は
小菅厚肉と異なり、面背の砥
石仕上げがなされ、凸部は
鋳肌はなく平滑である。
輪側に抜け勾配は見られず、
わずかに丸みを帯びている。

安政6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

509番10000円
小菅銭類

小菅薄肉(鉄銭)
通用銭

比較的薄いのもの。母銭は
小菅厚肉と異なり、面背の砥
石仕上げがなされ、凸部は
鋳肌はなく平滑である。
輪側に抜け勾配は見られず、
わずかに丸みを帯びている。

しかし、鉄の通用銭ではこれら
を確認することはできない。

安政6年(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

509番100円
水戸背ト銭類

元治元年(1864年)、江戸
本所小梅村の水戸藩下屋敷
で鋳造。
背に鋳造地の水戸を表す
「ト」が鋳込まれている。
この銭の鋳造は、試作に
とどまったものと考えられて
いる。
広穿背トについては、
比較的母銭の現存量が多い
ので、通用銭の量産をもくろ
んで多くの母銭が鋳造されな
がらも、何らかの事情で通用
銭が未発行に終わったので
はないかと考えられる。
水戸背ト銭類

広穿背ト 母銭

背に「ト」が鋳込まれている。
狭穿背ト(未入手)にくらべて、
広穿で内径が大きい。
母銭だけが存在し、通用銭
はない。ことから、この銭の
鋳造は、試作にとどまったも
のと考えられている。

元治元年(1864年)

ハドソン 新寛永通寶図会

512番40000円
密鋳銭の部 葛巻銭類
密鋳銭の部

葛巻銭類

江戸後期(文政以降)、陸奥
国九戸郡葛巻村で密鋳され
たと伝えられるもの、また、
それと同製作と見られる
もの。         → 
→母型として使用されたもの
は、主に仙台石巻銭類の
小字背千系のものであり、
鋳写しして母銭を作成し、
鉄銭を製造している。
密鋳銭の部
葛巻銭類

葛巻背千(次鋳)  母銭

葛巻銭と称される次掲の十字
銭や舌銭と同製作、石巻銭
の小字背千(250番)に覆輪
を施して原母銭としているので、石巻鋳のものにくらべ輪幅が
広く、内径や銭文系が小さい。
当銭の直径は、22.40o、
内径は17.80o。

次鋳銭の通用銭の内径は、
18.30o前後

ハドソン 新寛永通寶図会

661番20000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

十字千(鉄銭)

前掲の葛巻背千に似るが、
「永」の柱が短く、柱の下端と
内輪との間隔が少し広い。
また、「千」の字が十字に見
える。

ハドソン 新寛永通寶図会

663番1000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

十字千(磨輪)(鉄銭)

直径が小さく、輪幅が
細いもの。

ハドソン 新寛永通寶図会

664番500円
密鋳銭の部
葛巻銭類

十字千(次鋳磨輪)(鉄銭)

次鋳で 直径が小さく、
輪幅が
細いもの。

ハドソン 新寛永通寶図会

666番500円
密鋳銭の部
葛巻銭類

舌千小字 母銭(銅銭)

通称「舌千小様」。舌千(未入
手)と同様、「千」の横引きが
降りるが、直径が小さく、郭の
大きさに対して銭文がかなり
小さい。
面文の特徴が四年銭小様
降通(482番)と合致する
ので、四年銭小様降通に
「千」の字を嵌入し原母銭
として、鋳写しを繰り返し小
型の母銭を製作したものと
見られる。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

668番35000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

舌千小字 無背(鉄銭)

舌千小字(668番)と面の
特徴は同一であるが
、無背のもの。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

670番3000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

見寛 母銭

舌千小字と同様。四年
銭小様降通(482番)が原型
であったと見られる。
「寛」の冠が輪
に一体化しているため。
「寛」が「見」のように
なっている。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

671番15000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

見寛 通用銭(鉄銭)

舌千小字と同様。四年
銭小様降通(482番)が原型
であったと見られる。
「寛」の冠が輪
に一体化しているため。
「寛」が「見」のように
なっている。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

671番1000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

目寛 母銭

四ツ寶銭類の
座寛(107番)が原型と
考えられる。「寛」の
両足が郭に接し。「寛」が
「目」のように見える。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

672番8000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

目寛 通用銭(鉄銭)

四ツ寶銭類の
座寛(107番)が
原型と考えられる。「寛」の
両足が郭に接し。「寛」が
「目」のように見える。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

672番1000円
密鋳銭の部
葛巻銭類

水永(鉄銭)

高津背元銭の
接郭寶背元(462番)
が原型と考えられる。

「永」の頭が郭に接し、
「永」が「水」のように見える。

文政以降(1835年)

ハドソン 新寛永通寶図会

673番3000円
密鋳銭の部 鋳写し一文銭類
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

通用銭を若干磨輪したり、
輪側や穿内に抜け勾配を
つける等の加工を施したもの
(改造母銭)を母型として鋳造
したか、通用銭から直に鋳写し
したと考えられる。    →
→   当類には
多くの銭種が存在するが、
ここではその中の一部だけ
掲載した。
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

俯頭チャク(銅銭)

四ツ宝銭類の
俯頭チャク(106番)を鋳写した
もの。

ハドソン 新寛永通寶図会

711番3000円

密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

縮字写し(鉄銭)

藤沢・吉田銭類の
縮字(397番)を
写したもの。

ハドソン 新寛永通寶図会

725番2000円
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

小字背千写し(鉄銭)

小字背銭鉄通用銭
(250番)を鋳写し
たもの。

ハドソン 新寛永通寶図会

726番1000円
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

異書斜寶写し(鉄銭)

仙台・石巻銭類の
異書斜寶(214番)の
通用銭を
を鋳写したもの。

ハドソン 新寛永通寶図会
不載
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

繊字小文写し(鉄銭)

文銭類の繊字小文(55番)
の通用銭をを鋳写したもの。

ハドソン 新寛永通寶図会
不載
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

勁永写し(鉄銭)

四ツ宝銭類の勁永(100番)
の通用銭をを鋳写したもの。

ハドソン 新寛永通寶図会
不載
密鋳銭の部
鋳写し一文銭類

広穿写し(鉄銭)

旧猿江銭類の広穿の
通用銭(113番)
を鋳写したもの。

ハドソン 新寛永通寶図会

713番5000円
背錯笵銭

繊字小文(55番)で
異背もの。

「背錯笵銭」と呼んで良い
のかどうか分かりません。

ハドソン 新寛永通寶図会

55番100円
上棟銭
上棟銭1

背文銭に鍍金してある。
最初はおもちゃと思ったが
調べて見て分かった。
上棟銭2

正字背文に赤漆を塗布
してある。本当の目的は
不明。
加工銭
加工銭1

正字背文に独楽などに
するため
穿を丸く削ってある。
という事も考えられる。
加工銭2

細字背文に独楽や
戸車などにするために
穿を丸く削ってある。
加工銭3

背文銭を小孔2個丸く
削ってある。目的不明。
。。。
加工銭4

不旧手横大路銭
進永全刮去に小孔4個
空けてある。目的不明。
加工銭5

雨乞銭(正字背文)1
背文銭の面・背共に、
中心から放射状に
切れ目を彫りこみ、
降雨の様子を象徴したもの。
加工銭6

雨乞銭2
背文銭の縁の一部に刻み
をいれて、面の谷に赤漆を
流したもの。
加工銭7

細字背文銭の背面の、
縁の上部に◎極印、
左右の縁に1個ずつ
○に+
(四葉のクローバー)様
極印が打ってある。
目的不明
加工銭8

厚肉の背文銭
背文銭を3枚重ねて接着
した。その上で、輪側
及び穿内側面に
鑢をかけている。
厚さ3.7mm  目的不明
加工銭9

雁首(ガンクビ)銭 面
煙管(キセル)の雁首の部分
を叩き潰して平たく
したもの。
銭として通用した。
加工銭9

雁首(ガンクビ)銭 背
煙管(キセル)の雁首の部分
を叩き潰して平たく
したもの。
銭として通用した。

揮毫